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アーセナルでベジェリン&エルネニー復活。放出候補から一転…アルテタ流の人材再生術とは

現地4日に行われたプレミアリーグ第4節で、アーセナルが今季3勝目を挙げた。洗練された守備組織を武器にするシェフィールド・ユナイテッドに苦戦しながらも、後半に2点を奪って勝ち点3をもぎ取っている。この勝利において影の立役者となったのは、今夏の移籍市場で放出候補とみられていた2人だった。(文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

連敗中の相手に苦戦したが…

ブカヨ・サカ
【写真:Getty Images】

 現地4日にプレミアリーグ第4節が行われ、アーセナルはシェフィールド・ユナイテッドに2-1で勝利を収めた。

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 開幕から公式戦4連敗中の相手に、アーセナルは最初のシュートを打つまで28分もの時間を要した。ボールは支配していながら、5-3-2の強固なブロックを敷いて守るシェフィールド・ユナイテッドに攻めあぐねていた。

 そのためミケル・アルテタ監督は後半に選手交代も使いながら修正を試み、アーセナルを勝利に導いた。61分にブカヨ・サカが先制点を挙げ、3分後には途中出場したばかりのニコラ・ぺぺが追加点。終盤に1点を返されたものの、逃げ切ったアーセナルは今季リーグ戦3勝目を手にした。

 この試合で勝利の立役者となったのは、間違いなくサカとぺぺだ。イングランド代表初招集を受けたばかりの前者は心身の充実をピッチ上で表現し、交代出場した後者も指揮官からの期待に結果で応えて見せた。

 だが、今回注目したいのは彼らのゴールが生まれるまでの過程で重要な役割を果たした選手たちだ。

 サカとぺぺのゴールをお膳立てして2アシストを記録したエクトル・ベジェリンと、そのベジェリンの積極的な攻め上がりを促すタスクを担ったモハメド・エルネニーである。

 3-4-3でシェフィールド・ユナイテッド戦に臨んだアーセナルは、自軍ボール保持時にエルネニーがセントラルMFの位置からディフェンスラインの右に落ちる動きを戦術に組み込んでいた。そうすることで右ウィングバックのベジェリン、左センターバックのキーラン・ティアニーという本職サイドバックの選手たちの攻撃参加を促進していた。

 ベジェリンは背後をカバーするエルネニーの恩恵を受けて躍動した。サカの先制点の場面では、相手ディフェンス陣が猛スプリントで駆け上がってくるエルネニーに気を取られた瞬間に飛び出してピエール=エメリク・オーバメヤンからのパスを受けると、ワンタッチでやわらかいクロスを供給する。

 狙った先には逆サイドからペナルティエリア内まで侵入し、完全フリーになっていたサカが待っていた。今季から7番を背負う19歳の若武者が、余裕を持ってヘディングを合わせられる優しいクロスだった。

左ひざの大怪我から完全復活

エクトル・ベジェリン
【写真:Getty Images】

 さらに64分の2点目の場面でもベジェリンはアシストを記録する。ぺぺが右サイドに大きく張り出し、やや下がり目の位置でボールを受けた時、スペイン人の右ウィングバックは意図的にポジションを内側に移していた。

 そしてぺぺからパスを受けると、一瞬溜めて、右アウトサイドから相手の背後に抜け出したぺぺにパスを返す。トップスピードに乗った左利きのコートジボワール代表ウィンガーは、そのままドリブルでペナルティエリア内まで進出し、左足で狙い澄ましたシュートをゴールに流し込んだ。

 ベジェリンはここまでプレミアリーグ4試合全てに先発フル出場。今夏、古巣バルセロナ復帰やパリ・サンジェルマン移籍も噂されながら、全てに断りを入れてアーセナルに残り、大怪我からの完全復活を印象づけるパフォーマンスを披露している。

「大怪我による長期離脱からの復帰は、僕にとって本当に難しかった」と、彼は英『イブニング・スタンダード』紙に語っていた。2019年1月に左ひざのじん帯断裂を負ってしまったベジェリンは、同9月に実戦復帰を果たすも、同12月に今度はハムストリングを痛めて再離脱を強いられた。

「一度復帰した時、ひざは大丈夫だったけれど、自分の身体が全体的に怪我をする前と同じ場所にいないように感じた」

 ひざの不安をかばうあまり、身体の他の部位に余計な負担がかかってしまっていたのだろうか。2020年1月下旬に再復帰してからも、なかなか本来のパフォーマンスを取り戻せずにいた。そして夏を迎え、長年過ごしたアーセナルからの移籍の話も持ち上がるようになった。

「(ベジェリンがいなくなるのではないかと)心配していた。このクラブで長い時間を過ごし、その間の成長の軌道上で彼に何があったかをよく知っているだけにね。彼はまだここでプレーを続けても大丈夫なのか、ここにどんな野心があるのか、ここでどうやって進化できるのかといったことを疑っていたんだ」

アルテタとベジェリンを結ぶ絆

ミケル・アルテタ
【写真:Getty Images】

 アルテタ監督は、シェフィールド・ユナイテッド戦終了後の記者会見で現役時代にも共にプレーしていたベジェリンについてこのように語った。

 考え抜いた末に、25歳のスペイン人DFは監督のもとを訪ね「自分たちがここで何をやろうとしているのかを理解し、ここが自分にとって正しい場所だと確信している」と伝えたという。バルサ復帰やPSG行きの選択肢を捨て、アーセナルに身を捧げる覚悟を決めていた。

 ベジェリン自身、いまは怪我をする前の姿に戻れたと感じているという。「僕はより強くなって戻ってきた。夏の間もずっとトレーニングを続けていたし、今は自分の身体が(ひざの)怪我をする2分前と同じように感じる」と完全復活を実感している。

 アルテタ監督も同じくスペイン出身の後輩の努力を称賛する。記者会見で「彼はアタッキングサード(ピッチを3分割した際に最も相手ゴールに近いエリア)でのプレーを改善するために、より多くの個人練習を行うことを常に求めている。守備面に関しても改善すべきことについて多くの個別練習をやっている。こうしたことは必ず報われるだろう」と日々の取り組む姿勢に賛辞を送った。

「私は彼を信頼している。彼のことを本当によく知っているから。そして、今後どれだけ改善できるかも知っている。毎日、より良くなるための仕事を喜んでやっていて、そういう姿を見せてくれている。彼のことは大好きなので、本当に嬉しいよ」

 ひざを怪我する前の状態に戻ったベジェリンは、抜群のスピードで右サイドを駆け上がり、高精度のクロスをゴール前のストライカーたちに供給する。苦手だった守備面の改善も進み、優れたインテリジェンスはアルテタ監督の緻密な戦術を理解し、実行して、細かいポジショニングなどでピッチ上に発揮されている。

アルテタ流人材再生術の鍵は…

モハメド・エルネニー
【写真:Getty Images】

 シェフィールド・ユナイテッド戦でベジェリンとともに輝いたエルネニーも、同様に今夏の放出候補とみられていた。2016年1月にアーセナルへやってきたエジプト代表MFは出場機会の確保に苦しみ、昨季はトルコのベシクタシュへ期限付き移籍。復帰しても居場所はないとされていたのである。

 しかし、プレシーズンマッチなどで継続的に起用されると、プレミアリーグでも開幕スタメンを勝ち取り、ここまで4試合中3試合に先発出場している。

 エルネニーは英『スカイ・スポーツ』に対し「監督が僕のことを信頼し、スタメンに入れてくれて本当に感謝している。チームを助け、目標を達成するために最善を尽くすよ」と指揮官への感謝を述べていた。

 アルテタ監督の現役最後の半年間、アーセナルで共に戦った経験もある。エルネニーは「ミケルと一緒にプレーしていたから、僕は彼のことをよく知っている。僕はいつも彼から学ぼうとしてきた。そして彼は試合前に、ミッションをより簡単にするための情報を与えてくれる」と、選手時代からのちの監督に心酔していたようだ。

 攻撃面での貢献はそれほど期待できないが、対人守備やカバーリングを武器とするエルネニーにシェフィールド・ユナイテッド戦で与えられたような役割はぴったりだ。守備のリスク管理をさせることで、結果的にチーム全体の攻撃の推進力を高めることにもつながった。

 アルテタ流人材再生術のキモは「信頼」である。試合中でも選手を呼び止めて個人的に細かく指示を伝えていたり、ベンチに下がってきた選手を笑顔で迎えてハグしたり、試合後には選手それぞれに歩み寄って健闘を称えたり、とにかく1人ひとりとのコミュニケーションを大事にしている様子がうかがえる。

 アーセナルで今夏の放出候補になっていたベジェリンとエルネニーの2人は、いまやチームの主力として存在感を発揮している。選手を信じて、綿密に対話を重ねて関係性を築き、最も力を発揮できる環境を作り出すことが、最終的にチーム力になって結果につながっていくとアルテタ監督は考えているのではないだろうか。

(文:舩木渉)

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≪書籍概要≫
なぜ、あえて今アーセナルなのか。
あるアーセナル狂の英国人が「今すぐにでも隣からモウリーニョを呼んで守備を整理しろ」と大真面目に叫ぶほど、クラブは低迷期を迎えているにもかかわらず、である。
そのヒントはそれこそ、今に凝縮されている。
感染症を抑えながら経済を回す。世界は今、そんな無理難題に挑んでいる。
同じくアーセナル、特にアルセーヌ・ベンゲル時代のアーセナルは、一部から「うぶすぎる」と揶揄されながら、内容と結果を執拗に追い求めてきた。
そういった意味ではベンゲルが作り上げたアーセナルと今の世界は大いにリンクする。
ベンゲルが落とし込んだ理想にしどろもどろする今のアーセナルは、大袈裟に言えば社会の鏡のような気がしてならない。
だからこそ今、皮肉でもなんでもなく、ベンゲルの亡霊に苛まれてみるのも悪くない。
そして、アーセナルの未来を託されたミケル・アルテタは、ベンゲルの亡霊より遥かに大きなアーセナル信仰に対峙しなければならない。
ジョゼップ・グアルディオラの薫陶を受けたアーセナルに所縁のあるバスク人は、それこそ世界的信仰を直視するのか、それとも無視するのか。

“新アーセナル様式”の今後を追う。

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【了】

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