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チェルシー、ピンチの芽を全部摘む大作戦。不振アトレティコを苦しめた“戦術”とは?【CL分析コラム】

UEFAチャンピオンズリーグ(CL)の決勝トーナメント1回戦1stレグが現地23日に行われ、チェルシーがアトレティコ・マドリードを1-0で破った。対照的なチーム状況で迎えた一戦は、高度な戦術の打ち合いに。だが、最終的に一枚上手だったのはチェルシーだった。(文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

アトレティコは「6バック」!?

オリヴィエ・ジルー
【写真:Getty Images】

 ディエゴ・シメオネ監督は「3週間先のことを考えるのには早すぎる」と語ったが、アトレティコ・マドリードにとって、これからの「3週間」はチームの底力を試される期間となりそうだ。

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 アトレティコは現地23日に行われたUEFAチャンピオンズリーグ(CL)の決勝トーナメント1回戦でチェルシーに敗れた。ルーマニアの首都ブカレストでの開催だったとはいえ、ホーム扱いの1stレグを落としたことになる。

 それでも最少失点の0-1で終えられたのは、今のチーム状態を考えれば上々だろう。直近の公式戦3試合で勝利がなく、2月に入ってからは6試合でわずか2勝。ラ・リーガでは首位の座を守っているが、明らかに調子は悪い。

「我々はより長い時間ボールを保持し、攻撃において選手個々がもっといいポジションを取る必要がある。こうした課題の克服に取り組むが、まずはビジャレアルとの重要な試合(28日)もある。働いて、働いて、働きまくるしかない。現時点でチェルシーが優位に立っているが、私はチームを信じている」

 シメオネ監督は来月17日に予定されているチェルシーとの2ndレグまでにアトレティコを復調させるつもりのようだ。ビジャレアル、レアル・マドリード、アスレティック・ビルバオ、ヘタフェといった難敵たちと対戦する3週間で、取り組まなければならないことは多岐にわたる。

 今季はこれまで基本的に3バックを採用してきたアトレティコは、離脱者が相次いでいたチェルシー戦の1stレグで4バックに戻した。いや、「6バック」と言うべきだろうか。マルコス・ジョレンテ、ステファン・サヴィッチ、フェリペ、マリオ・エルモソの4人で形成するディフェンスラインに、押し込まれると両サイドにアンヘル・コレアやトマ・ルマルも加わる守備的な布陣だった。

 チェルシーはトーマス・トゥヘル監督が就任して以降、3-4-2-1を基本システムに安定したポゼッションサッカーを展開している。これに対し、アトレティコは守備に軸足を置いた戦いで挑み、元々武器としていたカウンターに望みをかけていた。

戦術的ファウルの多用

 だが、相手はさらに狡猾だった。アトレティコがボールを奪って攻めに転じようとすると、ハーフウェーライン付近に差し掛かったところでほぼ必ず止められてしまう。チェルシーの選手たちはファウルでプレーの流れを切り、同時にアトレティコのカウンターの勢いも削ぐ“戦術”を全員が忠実に遂行していた。

 ハーフウェーラインの前後、センターサークルと同じくらいの縦幅のエリアにボールを持って入ったアトレティコの選手はほぼ例外なくファウルで潰されてしまう。チェルシーはメイソン・マウントが開始1分でイエローカードをもらってしまったが、以降はカードが出ないギリギリの強さと激しさのタックルをタイミングよく繰り出してアトレティコを苦しめた。

 チェルシーがチームとして記録したファウルの数は「21回」にものぼる。前半で「9回」、後半で「12回」あったが、イエローカードが出たのは1分のマウントと64分のジョルジーニョだけ。フェリックス・ブリッヒ主審はほとんどの“戦術的ファウル”に笛を吹くのみで、警告は与えなかった。

 先週末行われたプレミアリーグのサウサンプトン戦でチェルシーが記録したファウルは「10回」、その前のニューカッスル・ユナイテッド戦では「9回」、シェフィールド・ユナイテッド戦までさかのぼっても「8回」なので、アトレティコ戦での回数がいかに多かったかがお分かりいただけるだろう。

 なかなか相手陣内に進出できないアトレティコは前半のボール支配率が「28%」、シュートも「1本」しか放てず。重心が後ろにあり、なかなかチーム全体で攻撃に人数をかけることができていなかった。

ビューティフル先制ゴール

オリビエ・ジルー
【写真:Getty Images】

 後半に入るとアトレティコはチーム全体の重心を少し上げ、戦い方にも変化を加えた。相手からボールを奪った際にプレッシャーをかけられると、前線に向かって大きく蹴り出す。それをトリガーとして布陣全体を押し上げ、ボールを回収したチェルシーの選手に激しくプレッシャーをかけていく。

 ファウルで捕まってしまう中央からの攻めを避けつつ、守備時のプレッシングも攻撃のきっかけに利用する戦法だった。これによりボールを保持する時間は前半に比べて伸び、シュートチャンスも増えたものの、やはり決定的なチャンスは作れない。

 すると68分にチェルシーの先制点が生まれた。GKも使ったビルドアップからシンプルに左サイドへ展開し、オリヴィエ・ジルーの正確な頭でのポストプレーも使ってマテオ・コヴァチッチがボールを運ぶ。

 そして追い越してきたマルコス・アロンソが間髪入れずワンタッチクロスをゴール前に入れると、混戦で空中に上がったボールを、ジルーが見事なオーバーヘッドキックでGKヤン・オブラクの守るゴールにねじ込んだ。

 オフサイドがあったとして一度は取り消されそうになったこのゴールは、ジルーの直前にアトレティコのDFエルモソが触っていたことが判明。VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)の介入によって、オフサイドなしと判定され、無事にチェルシーの先制が認められた。

ジルーが1トップで起用された理由

トーマス・トゥヘル
【写真:Getty Images】

 戦術的ファウルを使ってアトレティコの反撃を食い止め、自陣まで攻め込まれても安定した守りを見せていたチェルシーは、トゥヘル体制の好調ぶりを感じさせるパフォーマンスだった。

 6バックでゴール前を固められ、サイドのスペースも消されていたが、焦れずにボールを持ち続け、要所でジルーの正確なポストプレーを駆使しながらゴールに迫った。ここのところ出場機会が限られていたベテランのフランス代表ストライカーは、改めて異次元の勝負強さを証明した。

 トゥヘル監督もジルーへの賛辞を惜しまない。

「彼を日常的に見ていれば、今日の出来に驚きはない。体は完全に健康でコンディションも良く、体格もトップレベルだ。精神的にもトップレベルの選手であることを毎日楽しめていると思う。こここそが彼の求めるレベルだ。

彼は20歳かのようにトレーニングに勤しむんだ。練習に向き合う真剣さと喜びをうまく組み合わせた男で、常にポジティブな思考を持っている。それによってチームに大きな影響をもたらしてもいる。スタメンでも、ベンチから出てきても、全てのクオリティが非常に高い」

 相手が6-3-1のブロックを作って有効なスペースを徹底的に消してきた時、周りの味方をサポートするべく広範囲に顔を出して正確なポストプレーで違いを作れるジルーの存在は、チェルシーの攻撃における重要な鍵だった。

 おそらく若いライバルのFWタミー・アブラハムに同じ役割は務まらない。最前線に配置されるのがジルーでなければ、アトレティコの守備陣を攻略する糸口を見つけるのは極めて難しかっただろう。先制点のシーンでも、オーバーヘッドシュートだけでなく、ボールを前進させる過程の重要な局面にジルーが関わっていた。

 アトレティコが極めて守備的な戦い方を選択してくることを読んでいたのか、あるいは試合が始まる段階で気づいたのかはわからないが、トゥヘル監督率いるチェルシーは見事な対応で勝利を手繰り寄せた。

 反撃を食い止める戦術的ファウルの多用と、一見地味だが効果的なジルーの活用。この2点がチェルシー勝利の大きな要因だろう。謀略家トゥヘル恐るべし、である。

 すでにバルセロナがパリ・サンジェルマンに1-4で惨敗し、セビージャもボルシア・ドルトムントに2-3で敗戦。アトレティコも1stレグを落とした。現地24日の試合でレアル・マドリードがアタランタに不覚を取るようなことがあれば、スペイン勢がCLのラウンド16で全て姿を消すというシナリオも現実味を帯びてくる。3週間後、シメオネ監督とアトレティコが見せる意地の戦いを楽しみにしたい。

(文:舩木渉)

【了】

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