ドラガン・ストイコビッチ
【写真:Getty Images】



 日本代表は11日、キリンチャレンジカップ2021でセルビア代表と対戦する。兵庫県のノエビアスタジアムが会場で、無観客試合にて開催される。

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 セルビア代表を率いるドラガン・ストイコビッチ監督は、選手時代に輝かしい実績を残している。巧みなボールタッチで相手を鮮やかにかわしていき、決定的なパスで味方のゴールをアシストする。その技術の高さとインテリジェンスのあるプレーで、現役時代は数多の観衆を沸かせてきた。往年のサッカーファンであればだれもが知るであろうレジェンドだ。

 母国のラドニツキ・ニシュで頭角を現し、18歳でユーゴスラビア代表のユニフォームに袖を通した。セルビアの名門レッド・スターやフランスのマルセイユでもプレーし、1994年には開幕2年目のJリーグにやってくる。名古屋グランパスでは“ピクシー”の愛称で親しまれ、華麗なテクニックで観る者の心を掴んだ。1995年には年間最優秀選手賞を受賞、3度のベストイレブンに輝く活躍で、現役引退するまで7年半プレーしている。

 代表でも通算84試合出場を記録している。1990年のイタリアワールドカップではスペイン代表戦で直接フリーキックを含む2得点をマーク。98年のフランスワールドカップではドイツ代表からゴールを奪っている。

 現役引退後はユーゴスラビアサッカー協会とレッド・スターの会長を務め、2008年に名古屋に監督として復帰。1年目は最後まで優勝争いに食らいついたが3位。2年目は9位に終わったが、AFCチャンピオンズリーグでは準決勝まで駒を進めた。3年目は2位以下を離して優勝を達成し、自身も最優秀監督賞を受賞。最優秀選手賞と最優秀監督賞のダブル受賞は、Jリーグ史上初の快挙だった。

 名古屋の指揮を6年間執った後は、中国の広州富力の監督を4年半務め、今年3月に母国セルビア代表の監督に就任した。セルビア代表は前政権でEURO(欧州選手権)出場を逃したが、カタールワールドカップ出場を目指している。

【了】

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