MF紹介

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【写真:Getty Images】



アンドレア・ピルロ(元イタリア代表)
生年月日:1979年5月19日
在籍期間:11年夏~15年夏
クラブ通算成績:164試合19得点38アシスト
代表通算成績:116試合13得点23アシスト

 ミランで一時代を築いたMFがフリーでユベントスにやって来たのは2011年の夏。当時32歳とすでにベテランであり、さらに前シーズンに長期離脱をしていたため、サポーターからは「終わった選手」や「ピークは過ぎた」など補強に対し厳しい声も挙がっていた。しかし、世界屈指のレジスタはさすが。自らの力で限界論を払拭し、結果的にユベントスの歴史にもその名を刻むことになった。

 1年目から主力としてプレーし、なんといきなり無敗での9シーズンぶりとなるスクデット獲得に貢献。その後もゲームメイカーとしての仕事を全うし続け、在籍した4シーズン全てでチームをリーグ優勝へと導いている。21世紀におけるユベントスの黄金期は、この男の加入と共に始まったのである。ちなみに元ミランCEOのアドリアーノ・ガリアーニ氏は「彼の放出は早すぎた」と後悔を口にしていた。

クラウディオ・マルキージオ(元イタリア代表)
生年月日:1986年1月19日
在籍期間:06年夏~18年夏
クラブ通算成績:389試合37得点41アシスト
代表通算成績:55試合5得点4アシスト

 下部組織時代を含め実に25年をユベントスで過ごしたMF。豊富な運動量を活かした守備に隙を見た前線への飛び出し、ゴールネットを突き破るようなミドルシュートを武器に持っており、中盤ならどこでも高いレベルでこなすことができるなど、実にユーティリティーな選手だった。甘いマスクの持ち主でプリンチピーノ(王子)という愛称がつけられるなど、サポーターの人気も絶大なものがあった。

 クラブがセリエBに降格したシーズンにトップチームへ上がっており、すぐにプレータイムを確保した。そこから中盤には欠かせない選手として活躍し、退団するまで公式戦389試合に出場。1980年以降に生まれた選手の中では、クラブ史上3番目の成績となっている。ちなみに2018年に移籍したゼニト・サンクトペテルブルクで10番を選んだ理由は、憧れの存在アレッサンドロ・デル・ピエロの影響。

ポール・ポグバ(フランス代表)
生年月日:1993年3月15日
在籍期間:12年夏~16年夏
クラブ通算成績:178試合34得点40アシスト
代表通算成績:89試合11得点8アシスト

 ユベントスへの在籍期間は4年間。決して多い数字とは言えないのだが、衝撃度はまさに絶大であった。加入当時はまだ19歳だったが、1年目から主力として起用されると凄まじい速度で成長。大柄ながら抜群のテクニックを誇っており、チームメイトのサポートを受けながら主に攻撃面で特別な存在感を放つなど、ビアンコネロの“武器”になったのである。見た目もプレーも、まさに派手だった。

 2015/16シーズンには背番号を伝統ある10番に変更。この事実からも、いかにクラブでの存在が大きかったかわかるだろう。結果、フランスの大型MFは公式戦178試合に出場し、在籍した全てのシーズンでセリエA優勝に貢献する輝かしい実績を残した。なお、マンチェスター・ユナイテッドへ移籍した際の金額は当時の世界最高額。そういった意味でも、ユベントスに残したものは大きかった。

パベル・ネドベド(元チェコ代表)
生年月日:1972年8月30日
在籍期間:01年夏~09年夏
クラブ通算成績:327試合65得点59アシスト
代表通算成績:88試合17得点5アシスト

 ラツィオにスクデットをもたらした後、2001年にユベントスの一員となったチェコの大砲は、瞬く間にクラブの大黒柱となっている。人間離れしたスタミナと逞しいフィジカルを武器にピッチを駆け回り、左右両足を遜色なく使って違いを作り出しては複数ポジションをこなすなど、攻守に貢献することを常に約束していた。これほど献身的で頼りになる男は、クラブの歴史を振り返ってもそう多くない。

 2006年、クラブはカルチョ・スキャンダル発覚による処分でセリエBに降格。多くの戦友が別の場所に活躍の場を求めた。しかし、このバロンドーラーは「ユベントスをセリエAに復帰させたい。そこがふさわしい場所だ」とコメントを残し残留を決意。見事1年でのセリエA昇格に貢献するなど、クラブへの忠誠心を貫いた。そして現役引退後も副会長として、ユベントスを懸命に支え続けている。

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