マラドーナの誘惑者たるゆえんとは…。作家魂を刺激し続ける故人の「複雑さ」【サッカー本新刊レビュー:老いの一読(4)】

2022年01月08日(Sat)11時00分配信

シリーズ:サッカー本新刊レビュー
text by 佐山一郎 photo Getty Images
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9回目となる小社主催の「サッカー本大賞」では、4名の選考委員がその年に発売されたサッカー関連書(実用書、漫画をのぞく)を対象に受賞作品を選定。この新刊レビューコーナーでは、2021年に発売された候補作にふさわしいサッカー本を随時紹介して行きます。



『ディエゴ・マラドーナの真実 追悼・増補版』(ベースボール・マガジン社)

著者:ジミー・バーンズ
訳者:宮川毅
定価:2,090円(本体1,900円+税)
頁数:416頁

 若いうちに読んでおくべきサッカー本を何か一冊挙げて下さいと聞かれることがあります。なかなか困った質問ではありますが、言ってくるのは、大抵の場合、サッカーライターを志す人たちです。

 ただ、簡単にネットデビューが出来るようになってからは、そんな殊勝なことを聞く人は大激減。書くのが忙しくて、読んでる暇もないというのが実情でしょう。

 それで訪れたのが、平準化の時代です。平等でよいのだけれど、十把一絡げというのも困ったもの。この本の著者、バーンズ氏は日本で言えば、沢木耕太郎さんクラスの文学的ジャーナリストです。つまりはいちサッカーだけに留まる人ではないのです。ですから決してタメ口をきいてはいけません、とくに会う機会もないでしょうけど。

 最初に著者の名を知ったのは、前世紀の1997年夏。『週刊サッカーマガジン』に連載された本書のダイジェスト版なのでした。簡単に言ってしまうと、マラドーナの生まれた1960年から95年10月頃までの詳細な伝記で徹底調査報道の見本のような書きっぷりなのでした。

 その年の初冬に一冊になったのがこの本の大元です。私が感心したのは、マラドーナの命が尽きたあとに新しく再構成して3章半分を書き足したことです。それが「増補版」と銘打つ理由なのでしょうが、なかなか出来ることではありません。ノンフィクションの書き手は粘り強いけど、書き終えてしまえば案外淡白で関心はもう次へというタイプが多いからです。

 原題は今回も変わらぬ『The Hand of God』。日本語版では<ー地に堕ちた「神の手」ー>という副題が今回も添えられています。なのに、帯コピーには、〈ディエゴよ、安らかに眠れ〉。おいおい、どっちなんだよ、と思う人もいるでしょうが、まさしくその混乱と複雑さこそが誘惑者マラドーナたる所以で、バーンズ氏の作家魂を刺激し続けてやまなかった理由なのでしょう。

 世紀を跨いでからの記述でとりわけ印象に残るのが、最終24章にある「マラドーナ・イン・メキシコ」の項。Netflixの7話からなる同名密着ドキュメンタリーを観て最晩年の姿を知った人にはうってつけの解説で、バーンズ氏ならではの力業(ちからわざ)を感じとれるはずです。

 この本で彼が幾度となく炸裂させる巧みな言い回しのことを〈修辞〉や〈文彩〉と呼ぶわけですが、SNSの隆盛によって死語化してしまった現状はやはり嘆かわしい。読了後の興奮とは無関係に強く広く推せる超安定銘柄。それがやがて古典となるであろう本書なのです。

(文:佐山一郎)

佐山一郎(さやま・いちろう)
東京生まれ。作家/評論家/編集者。サッカー本大賞選考委員。アンディ・ウォーホルの『インタビュー』誌と独占契約を結んでいた『スタジオ・ボイス』編集長を経て84年、独立。主著書に『デザインと人-25interviews-』(マーブルトロン)、『VANから遠く離れて 評伝石津謙介』(岩波書店)、『夢想するサッカー狂の書斎』(小社刊)。スポーツ関連の電書に『闘技場の人』(NextPublishing)。

【了】

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