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第10回「サッカー本大賞2023」全作品の選評を紹介!

text by 編集部

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サッカー本大賞



 第10回「サッカー本大賞2023」授賞式がオンライン配信で行われ、優秀作品を表彰、各賞が発表されました。

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 2022年に数多く出版されたサッカー本の中から選ばれた9作品の選評を紹介! あなたの読みたい一冊がきっと見つかるはずです。

<選考委員による選評>

大賞

競争闘争理論 サッカーは「競う」べきか「闘う」べきか?(ソル・メディア)
河内一馬(著)

 なぜ、日本は「団体闘争」でのみ世界で勝てないのか──というアポリア(難問)の探究が本書の読みどころ。前回東京五輪においても、個人と団体における〈競争〉や個人の〈闘争〉では好成績を出せているのに、それが「団体闘争」となると、またもやメダルに届かなかった日本。全スポーツの一緒くたにこそ諸悪の根源があるとする著者の見解に目からウロコが落下です。

 最終第九章「なぜサッカーは『かっこよくなければならない』のか」──での「クールであれ。弱いとダサいは比例する」からも鎌倉インターナショナルFC監督である著者ならではの実践知が感じられます。デズモンド・モリス『サッカー人間学 マンウオッチングⅡ』以来の思弁、詭弁に流れぬ本物の独創性に感嘆。(佐山)

特別賞

女子サッカー140年史:闘いはピッチとその外にもあり(白水社)
スザンヌ・ラック(著)、実川元子(訳)

 女子サッカーの歴史を通史的に書いた本は、じつはとても少ない。これまでこの手の本を探していたが、少なくとも日本語ではなかった。知らないことがいっぱい書かれている。イングランドの最初の女子サッカー・クラブの創設から、女性参政権の動きと連動するように、彼女たちの試合が盛り上がったこと。リーグとして、さあこれからというとき、サッカー協会から女子サッカーの禁止令が出されたこと。そしてふたたび女子サッカーが世間に認知されるまで五〇年の時間を要したこと……。もちろんヨーロッパに偏ってはいる。日本を含めたアジアの女子サッカー事情など、欠けている箇所も気になるけれど、まずはこの本から、彼女たちの闘いの歴史を知る。(陣野)

DO YOU SPEAK FOOTBALL? 世界のフットボール表現事典(イースト・プレス)
トム・ウィリアムズ(著)、堀口容子(訳)

 フランスでは「petit pont」(プチ・ポン、小さな橋)、オランダでは「panna」(パナ、門)、韓国では「알까기」(アルカギ、卵を孵す)、サウジアラビアでは「كوبري」(クブリ、橋)……。これ全部「股抜き」を指す言葉。本書は、サッカー場でしか役に立たないヘンテコな言葉たちを、世界80の国と地域で集めた事典。その膨大な手間暇に心からの敬意を。さらにすばらしいのは①原語付き。校正者は泣いたであろう。②蘊蓄付き。オランダの「パナ」は旧オランダ領スリナムのスラナン・トンゴ語由来だとか。説明文にはライカールト、ダーヴィッツなどスリナムルーツの選手も登場して楽しい。③イラストがおしゃれ。これは世界が広くて楽しいことを教えてくれる唯一無二のサッカー本だ。(金井)

翻訳本大賞

バルサ・コンプレックス “ドリームチーム”から“FCメッシ”までの栄光と凋落(ソル・メディア)
サイモン・クーパー(著)、山中忍(訳)

 メッシ命! の小柳ルミ子さんがもし選考委員の一人であったら、強引に本書を推すだろうか。それとも、逆上してしまうのか──。たぶん後者でありましょう。ミーハーイズムが源にあったにしても、その先が大事です。クライフに魅了された過去を持つ著者の場合は、クラブの戦略と革新の歴史に分け入ります。しかしバルサは晩期資本主義の荒波に揉まれて胸ロゴなしの矜持も霧散。メッシに象徴された時代も終わりを告げています。

 クーパーの日本語訳は2000年の『ゴールの見えない物語』で始まり、この本で7冊目。英国サッカー通・山中忍の訳業が今回も冴えわたります。しかも522ページ、42万5千字、400字詰め原稿用紙換算で千100枚超えのお徳用。
 他の追随を許さぬ圧倒的な筆力と英語圏メジャーならではの優位性。「勝者には何もやるな」(ヘミングウェイ)となった場合はちょっと推しづらい。(佐山)

読者賞

セリエA発アウシュヴィッツ行き~悲運の優勝監督の物語(光文社)
マッテオ・マラーニ(著)、小川光生(訳)

 歴史の絨毯の下に履きこまれた真実にヒューマニズムの光を当てた労作。ファシズム吹き荒れる1920年代から30年代にかけての欧州フットボール界の実相にも光が当たり、資料的価値も十分。翻訳にこぎつけた小川光生さんは大きな仕事をされました。

 主人公の名は、ダンディな風貌の元五輪代表選手アールパード・ヴァイス。その1896年生まれのユダヤ系ハンガリー人を悲運が襲います。ヴァイスは、(長友佑都の在籍した)インテルでの優勝と、(中田英寿、冨安健洋の過ごした)ボローニャFC1909を両大戦間に連覇に導いた知将なのですが、今なお十全な名誉回復がなされたとは言えません。客観性に裏打ちされた「野史」が、公認されたクラブの「正史」を凌駕した稀有なる例として貴重です。(佐山)

優秀作品5作品

戦争をやめた人たち 1914年のクリスマス休戦(あすなろ書房)
鈴木まもる(著)

 サッカーを描いた絵本はあまり多くないが、それを反戦のメッセージに転化した1冊はさらに稀有なものだ。

 第一次世界大戦の最中の1914年、フランスやベルギーに攻め込むドイツ軍と、最前戦で対峙するイギリス軍がクリスマス・イヴの夜に歌を唄い合い、サッカーをすることで相手に対する理解を深める。そんな夢のような史実を独特の筆致で物語にした鈴木まもるは、サッカーというゲームの根源にある球を蹴る喜びと、相手に対する慮りを絵本という手法で抽出した。

 ゴールは、その辺の棒を立てただけ。白線も審判もなし。シンプルだが、それゆえゲームは白熱し、戦闘状態とは違った皆の表情は、兵士が人間に戻った証しである。常軌を逸していないと生き残れない戦場で、人が人らしさを保ち続けるには? 血を流さない闘争も、確かにそこにはあるのだ。(幅)

TACTICAL FRONTIER 進化型サッカー評論(ソル・メディア)
結城康平(著)

 2016年に『フットボリスタ』誌で始まった連載をまとめた1冊。当時はフットボールメディアが細分化し、(カウンターカルチャー的に)サッカーの細部を読み解く分析によって新しい意味や価値を生み出そうとする動きが盛んだった。

 その渦の中心ともいえる本書は、論理的でハイレベルな欧州のサッカー研究を真空パックで日本語圏の読者に伝えようとしたもの。目の前で起こっているゲームの新しい断面を見せるために、さまざまな指標を用い、可視化と数値化によって、より深く愉しくゲームに潜る術を伝えた。

 また、5章の「マネジメント」に関する部分では、ヒューマン・リソース・マネジメントなど、サッカーという枠の外側にある事象にも触れ、読者の枠を広げていこうとした姿勢も好ましい。(幅)

ONE LIFE ミーガン・ラピノー自伝(海と月社)
ミーガン・ラピノー(著)、栗木さつき(訳)

 世界でもっとも有名な女子サッカー選手でありながら同性愛者であることをカミングアウトし、LGBTQ差別、黒人差別、男女間の賃金格差などに真っ向から抗ってきたミーガン・ラピノー。彼女が2019年7月ニューヨーク市庁舎前で行ったスピーチを覚えている人も多いだろう。ちょっと不良っぽい仕草で「私のチームを見てほしい。肌の黒い女性も白い女性もいるし、ストレートもゲイもいる。憎む代わりにもっと愛しましょう!」と語りかけた。権力にビビらない彼女の自伝は期待どおりのおもしろさ。いや、ときに予想を裏切るほど繊細で痛みを伴って存在感のある一冊だ。大統領選挙でトランプに投票した父親と喧嘩になるシーンなど、細かいエピソードにいちいちグッとくる。(金井)

フットボール代表プレースタイル図鑑(カンゼン)
西部謙司(著)

 2022年のカタール・ワールドカップの期間中、この本を読みながら試合を観戦していた。普段から見慣れている代表チームのことはいいのだが、ちょっと知らない国のサッカー事情を知りたいとき、本書は本当に役に立った。たとえば大躍進したモロッコ代表は、「フランスの影響を受ける技巧派の流れ」と語られる。フランスなら「多様性ならではの特徴がない特徴」、アルゼンチンなら「メノッティとビラルドの対極的シャッフル」。その国のプレースタイルを一言で言い当てている表題、うまいなあと思う。その国の歴史と、注目選手たちがじつにコンパクトにうまくまとまっている。ワールドカップ・イヤーを印象づける一冊であろう。(陣野)

選考委員 (五十音順、敬称略)

金井真紀(かない・まき)

1974年生まれ。文筆家・イラストレーター。任務は「多様性をおもしろがること」。著書に『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『サッカーことばランド』(ころから)、『世界はフムフムで満ちている』(ちくま文庫)、『聞き書き世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし』(カンゼン)、『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った 世界ことわざ紀行』(岩波書店)など。

佐山一郎(さやま・いちろう)

作家、編集者。アンディ・ウォーホルズ『Interview』誌と独占契約を結んでいた『Studio Voice』編集長を経て84年、独立。主著書に『東京ファッション・ビート』(新潮カラー文庫)、『「私立」の仕事』(筑摩書房)、『闘技場の人』(河出書房新社)、『サッカー細見 ’98~’99』(晶文社)、『デザインと人』(マーブルトロン)、『雑誌的人間』(リトル・モア)、『VANから遠く離れて −評伝石津謙介−』(岩波書店)、『夢想するサッカー狂の書斎 −ぼくの採点表から−』(カンゼン)、『日本サッカー辛航紀 愛と憎しみの100年史』(光文社新書)。Instagram: @sayamabar

陣野俊史(じんの・としふみ)

1961年生まれ。文芸評論家、フランス語圏文学者。長崎生まれ。サッカー関連の著書に『フットボール・エクスプロージョン!』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)、『サッカーと人種差別』(文春新書)、翻訳書に『ジダン』(共訳、白水社)、『フーリガンの社会学』(共訳、文庫クセジュ)など。

幅允孝(はば・よしたか)

有限会社BACH(バッハ)代表。ブックディレクター。人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。安藤忠雄氏が設計・建築し、市に寄贈したこどものための図書文化施設「こども本の森 中之島」では、クリエイティブ・ディレクションを担当。最近の仕事として「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架、札幌市図書・情報館の立ち上げや、ロンドン・サンパウロ・ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。神奈川県教育委員会顧問。

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【了】

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