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お騒がせGKの知られざる素顔。エミリアーノ・マルティネス、アルゼンチン代表GKの“愛”に溢れた生き方【コラム】

シリーズ:コラム text by 安洋一郎 photo by Getty Images

世界一に導く原動力となった「母国への愛」


【写真:Getty Images】



 マルティネスは年代別代表で試合に出場したことや、18歳の時に代替選手としてA代表に呼ばれたことはあったが、アルゼンチン代表とはほぼ無縁のキャリアを歩んでいた。

 しかし、母国を背負ってプレーすることを決して諦めることはなかった。何よりイングランドでプロキャリアをスタートさせたマルティネスにとって、アルゼンチンのピッチに立つことは夢だった。“愛する家族”の前で“愛する国”のためにプレーすることほど名誉なことはない。

 代表デビューのキッカケを作ったのも、彼が感謝してやまないアストン・ヴィラへの移籍だった。所属クラブでのパフォーマンスが評価されると2021年6月に悲願のアルゼンチン代表デビューを飾る。すでに28歳と年齢的には中堅と呼ばれる年代に差し掛かっていたが、このリオネル・スカローニ監督の決断がアルゼンチンの未来を変えた。

 代表デビューから約1週間半後に開幕したコパ・アメリカ2021では、初戦のチリ戦と準決勝コロンビア戦を除き4試合で完封勝利。1失点を喫したコロンビア戦でもPK戦で3本のPKを止めて、1993年大会以来、28年ぶりの栄冠獲得の立役者となった。

 昨年のカタールワールドカップでも大車輪の活躍だった。サウジアラビアとの初戦にこそ敗れたが、PK戦にまでもつれたオランダとの準々決勝では2連続でPKを止めて準決勝進出の立役者に。激しい打ち合いとなったフランスとの決勝では、試合終了間際にランダル・コロ・ムアニとの1対1の絶体絶命のピンチを大の字セーブで間一髪止めると、PK戦でも1本止めて、アルゼンチン代表をディエゴ・マラドーナがトロフィーを掲げた1986年大会以来の世界王者に導いた。

 マルティネスが出場した34試合で、アルゼンチン代表が敗れたのは先述したサウジアラビア戦の1試合しかない。25試合でクリーンシートを達成するなど、ほとんどの試合で無失点を記録しており、昨年のワールドカップ終了後から現在に至るまで8試合連続(1試合のみ80分間の出場)で完封勝利を挙げている。代表の無失点記録も更新した。

 歴史に残る圧巻の活躍を続けたことで、代表デビューからあっという間に監督や選手、そして国民から絶大な信頼を得たマルティネスはアルゼンチン史上最高のGKとして崇められる存在となった。そして今回獲得した『ヤシン・トロフィー』をはじめ、多くの名誉ある賞を受賞している。

 ただ、尊敬を集めるだけでなく、近年は自身の幼少期の境遇を重ねて、故郷の恵まれない子供たちや青少年がより良い人生のスタートを切れるための支援活動も行っている。ワールドカップ決勝で使用したグローブはオークションにかけて、その全ての売り上げを地元の病院に寄付をした。アルゼンチン国内の経済状況が決してよいとは言えない中で、チャリティー活動にも力を入れている。

 最後に、マルティネスの言葉で印象的なものを引用して締めようと思う。

 「誰もが映画の始まりではなく終わりを覚えている。だから“どう始めるか”ではなく、“どう終えるか”が重要なんだ」

 彼のこの言葉通り、記憶というものは上書きされていく。世間の多くが昔のマルティネスの苦労やプレーを忘れていくだろうが、マルティネスは出会ったチームメイトやお世話になったスタッフ、そしてそばにいる家族との時間や母国で家族と過ごした“過去”を忘れることはない。

 なぜなら、彼らを”愛している”から。

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