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ジダンがレアル・マドリードで覚えた処世術。W杯の頭突きにまつわる神話学【ジダン研究後編】

シリーズ:フットボール批評オンライン text by 石沢鉄平 photo by Getty Images

「監督ジダン」の評価



――三章は、より矛盾した章だ、と(笑)。その後、ジダンはライセンス問題に直面しながら、レアル・マドリード・カスティージャの監督を経て、トップチームの監督に抜擢されます。監督時代のトピックとして最も印象に残っているのは、同胞カリム・ベンゼマの寵愛ぶりです。依怙贔屓にも写りますが。

「むしろ、同胞を大事にしない人間なんているのか、と。ベンゼマは地元(リヨン)のメンタリティを封じ込めることができなかった。そちらを捨てて、持って生まれたアスリート能力だけを選んでいれば、それこそジダン級になれたのに、とは思います。そう考えると、慎みと節度をジダンに求めたスマイルの存在は大きかった。ベンゼマのInstagramは高級車のコレクション自慢ばかり。今後もサウジアラビアで稼ぐんじゃないですか(笑)」

――特に戦術好き界隈では、CLを3連覇した割に「監督ジダン」の評価はいまいちです。ペップ・グアルディオラ、ユルゲン・クロップに比べて革新的なことはやっていない、と。

「確かに斬新さはありません。ただし、木村浩嗣さんも言っていたように、戦術は『マネジメントを含めて戦術』という考えからすると、クリスチアーノ・ロナウドにストライカー、ベンゼマにトップ下の役割をまっとうさせている。ジダンはそういう監督なんだ、と納得がいきます」

――第二次レアル政権後、ジダンはフリーの状態が続いています。ジダンの今後をどのように予想されますか。

「ボルドーはサラリーを払えない、ユベントスには恩がない、となると、三度目のレアルかフランス代表の監督でしょう。アルジェリア代表の監督となれば、まさに驚天動地ですが。数年前に、原稿用紙で100枚くらい、ジダンがアルジェリアの監督に就任する小説を書いていましたが、旧知の編集者に『売れないからやめておけ』と言われてストップしたままです」

――『ジダン研究』がバカ売れすれば小社で……(笑)。ただ、現実にジダンがアルジェリアの監督に就任する可能性はどうなんでしょう。

「ジダンがカビリー、ひいてはアルジェリアのことをどう思っているのか、816頁をもってしても結局のところわからない。2014年ワールドカップのアルジェリア戦の会場にジダンが現れたとき、国際映像がズームしてその動向を流したように、その行為だけで何らかの意味を持たせてしまう。もしなったら、それは面白くなりますよ」

<書籍概要>

『ジダン研究』

陣野俊史 著
定価:4,400円(本体4,000円+税)

不在によって存在を語り、黙することによって饒舌に語るジネディーヌ・ヤジッド・ジダンの底知れない「内面世界」

ジダンの言葉は、いつも少し足りていない。だからこそ私たちはジダンに向けて、彼の言葉の余白に向けて、言葉を紡いできた。足りない何かに届きたいと思ってきたのだ。それが本書である。――「はじめに~ジダニスト宣言」より

<プロフィール>

陣野俊史(じんの・としふみ)
1961年生まれ、長崎県長崎市出身。フランス文化研究者、作家、文芸批評家。サッカーに関する著書に、『フットボール・エクスプロージョン!』(白水社)、『フットボール都市論』(青土社)、『サッカーと人種差別』(文春新書)、共訳書に『ジダン』(白水社)、『フーリガンの社会学』(文庫クセジュ)がある。その他のジャンルの著書に、『じゃがたら』『ヒップホップ・ジャパン』『渋さ知らズ』『フランス暴動』『ザ・ブルーハーツ』『テロルの伝説 桐山襲烈伝』『泥海』(以上、河出書房新社)、『戦争へ、文学へ』(集英社)、『魂の声をあげる 現代史としてのラップ・フランセ』(アプレミディ)など。

【了】

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