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コラム 1か月前

ドイツ式「当てて落とす」を詳細に解説する。ボール保持・非保持の両面で効果をもたらすためには?【BoS理論12】

シリーズ:コラム text by 河岸貴 photo by Getty Images

『サッカー「BoS理論」 ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法』の続編として、ドイツサッカーを知り尽くす筆者が「BoS理論」に基づいてサッカーをアップデートしていく本連載。第12回となる今回は、「当てて落とす」プレーを効果的に行うには何が必要かを解説する。(文:河岸貴)
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【過去の連載はこちらから読めます】
【関連書籍】
『サッカー「BoS理論」 ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法』
カンゼン・刊
河岸貴・著
ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法論「BoS(ベーオーエス)理論」(Das Ballorientierte Spiel:ボールにオリエンテーションするプレー)が足りていない日本サッカーの現状に警鐘を鳴らす。ドイツ・ブンデスリーガの名門シュトゥットガルトで指導者、スカウトを歴任した著者が、日本のサッカーの現状を直視しながら、「BoS理論」におけるボール非保持時の部分、「Ballgewinnspiel:ボールを奪うプレー」の道筋をつけた一冊。

プレーを加速させるため、DFラインの背後を素早く突く

2 「Steil-Klatschen-Spiel」(シュタイル=クラッチェン=シュピール)

 この言葉はドイツサッカー好きならば一度は聞いたことがあるのではないでしょうか? 日本で言えば「当てて落とす」というシンプルなプレーです。ただし、BoS的な攻撃手段のひとつとして非常に重要です。

 したがって、その方法論を詳細に述べたいと思います。結論から言うと、このプレーの目的は「プレーの加速」であり、ボール奪取直後、またボール保持時にDFラインの背後を素速く、的確に突くことです。

 まず「Steil」(シュタイル)はドイツ語の直訳では「急な、急勾配な」という形容詞で、サッカーでは「前方への距離のあるパス」という意味で使われます。DFからFWへ当てるグラウンダーのパスが典型的な例でしょうか。当然このパスはスピードと正確性が求められます。

 次に「Klatschen」(クラッチェン)です。これは英語の「clap」(クラップ)と同じでパンッとボールを落とす意味です。このプレーのドイツ語の表現はさまざまありますが、個人的には「Klatschen」が一般的だと思います。

 当てたボールを落とすプレーはできるだけ垂直に、そしてできるだけ短く落とします。垂直に落とされるボールなので、これを受け取る選手(「Spieloffener Spieler」=シュピールオッフナー・シュピーラー、プレーをオープンにする、展開する選手)はアクティブに「潜り込んで」ボールにアプローチし、相手DFラインをブレイクするような、またレーンをひとつだけ変える角度をつけた前方へのプレー(「Spiel」)が理想と言えます(図3)。

BoS理論 図3
【図3:「Steil-Klatschen-Spiel」(シュタイル=クラッチェン=シュピール)】

 「Steil」については目新しいものではないはずです。縦へのパスは十分な強さが必要で、さらに受け手がトラップしやすい、またはコントロールしやすいようなグラウンダーのボールなら最高でしょう。

 次に「Klatschen」です。ここでは垂直に、さらに出来る限り距離の短い落とすボールが要求されます。もし、垂直にボールを落とせるならば、落とす選手は背負っている相手が前に出ることをブロックもできます。垂直に落としても、その距離が長ければブロックを維持することは難しく、背負っている相手選手以外にもカットされる可能性もあります。

 また横や角度の大きな斜めの落としの場合、ポストプレーで背負っている相手DFに勢いよく足を出されてブロックされやすく、また背負っている相手DFのブロックは回避できたとしても、相手ゴールに背を向けているので縦へのプレーが制限されていて、その他の相手選手に予測され、パスカットされる可能性が十分にあります。

 横や角度の大きな斜めの落としが長くなればなるほど危険です。落とすボールが横に長すぎてカットされカウンターを受けるシーンは、カテゴリー関係なくこれまでに見たことがあるのではないでしょうか。

【動画付き】何気ない横パスは危険! ほんの少しズレただけで…

 典型的な「Steil-Klatschen」のプレーではありませんが、2025/26シーズンのUEFAヨーロッパリーグ、リーグフェーズ・ラウンド1のシュトゥットガルト対セルタ・デ・ビーゴ戦で86分にシュトゥットガルトが失点した場面。

 その発端はシュトゥットガルトのキャプテンでボランチのアタカン・カラソルが相手ゴールに背を向けて横パスをしようとしたところ、背後の死角から突進してきた相手に潰されてからのショートカウンターでした(図4-1)。

BoS理論 図4-1
【図4-1:横パスの危険性(ブロック)】

 海外ではボランチへのプレッシャーが非常にタイトです。ボランチに自由にプレーされると、プレスのタイミングが難しくなり、また奪えるならば一気にゴールへ向かえるチャンスになるからです。まさにこの例のようにです。相手ゴールに背を向けながらの何気ない横パスは、いかに危険性が高いかが十分に理解できるシーンだと思います。

 次に、2025/26シーズンのドイツ・ブンデスリーガ第5節、ケルン対シュトゥットガルトでシュトゥットガルトが開始4分で先制点を献上したシーンを挙げます。

 これはセンターライン付近のタッチライン際で、シュトゥットガルトの左WGクリス・ヒューリッヒが左SBラモン・ヘンドリクスからセンターラインのライン際で縦パスを受け、ダイレクトで横パスを選択し、それがカットされてショートカウンターを受けました。

 しかし、ヒューリッヒの横パスは適度な距離感であり、決して長いパス(15メートル以上)ではなく、ほんの少しズレただけでした(図4-2)。とはいえ、ケルンがボールサイドでコンパクトな形で数的優位となり、ボール奪取後の展開は教科書どおりで素晴らしいプレーだったとも言えます。

BoS理論 図4-2
【図4-2:横パスの危険性(ダイレクトパスのズレ)】

 手前味噌ですが、このケルンのボール非保持時のプレー態度は、拙著を、またボール奪取後のプレーについては4~9が参考になるでしょう。

【参考記事】
【第4回】ボールを奪った瞬間、どう動くべきか。ドイツ2部クラブがレヴァークーゼン相手に見せた効果的な形
【第5回】ボール奪取後のキーワードは「エアスター・ブリック・イン・ディ・ティーフ」。ゴールへ向かう3つの選択肢
【第6回】ドイツサッカー「BoS」の理想と必要悪。ボール奪取直後にリスクを負うべきシチュエーションを解説する
【第7回】どう動くべきだったのか? 町野修斗の受け方は「百害あって一利なし」。お手本は伊藤達哉のプレー
【第8回】酒井高徳が他の日本人と違う「思考態度」。思考態度のエラーこそ、日本サッカーのあらゆる問題の根本的原因
【第9回】判断の不的確さが日本サッカーを極端に面白くなくしている。縦に速く対ポゼッション。BoS的な意味のあるサポートを考える

 再度強調したいのは、横パスの危険性です。自陣での長い横パスは言わずもがな、仮に短くとも例に挙げたケルン対シュトゥットガルトのように、点と点で合わせる難しさがあります。

 またダイレクトプレーは、特に自陣・中盤においては、その距離感に注意する必要性があり、効果的であるならば問題はありませんが、プレーの正確性を上げるために2タッチが理想的です。特に比較的距離のある縦パスを受けるときはダイレクトプレー(ポストプレー)よりはしっかりコントロールすべきでしょう。

 垂直になるべく短く落とす意味は、確実にボールを保持することは当然として、横パス、ダイレクトプレー、特に距離がある場合にずれが生じ、ボールロストしてしまうとゲーゲンプレスが難しいからです。

 また、ビルドアップ中のフリックもできるだけ距離は短くという意図があるべきです。ハイプレスを受けて、前方が把握しきれていない苦し紛れのフリックが運よくチャンスになる場合もありますが、それ以上にカウンターの危険性をより注意するべきでしょう。相手を背負っていても、一か八かのフリックより、しっかりとボールをキープして正確にプレーすることを選択します。

【動画付き】ゴールへ一気に向かう合図

 自陣ビルドアップでのフリック使用の好例として、2025年のJ3第30節、FC岐阜対ザスパ群馬の群馬の先制点を挙げます。

 CBからボールを受けたボランチ瀬畠義成はボールを受ける直前にしっかり前方を2度確認し(「Vororientierung」=フォアオリエンティールング)、食いついてきた相手に引っかからないよう遠い足で(「Gegnerischer ferner Fuß」=ゲーゲネリッシャー・フェルナー・フース)でフリックし、DF高橋勇利也にボールが渡ります。

 オープンにボールを受けられた高橋はDFラインをブレイクしたMF西村恭史に素早くスルーパス。スピードを落とさないまま西村はドリブルで直線的にゴールに向かい、質の高いグラウンダーのボールを中央に送り、最後はFW青木翔大がダイレクトでシュートしました(図5)。

BoS理論 図5
図5:フリック

 自陣でゆっくりとボールを保持しながら、瀬畠のフリックで一気にプレーが加速し、ゴールに直線的かつ必要最小限のタッチ数でゴール、その時間は約7秒でした。西村のトップスピードからの質の高いパスはこのゴールの半分は占めると言ってもいいと思います。モダンサッカーにおいて、トップスピードで(判断を含めて)正確にプレーできることは必要不可欠です。

最後にこの「Klatschen」を受ける選手、「Spieloffener Spieler」がこのプレー目的を達成できるか重要になります。潜り込んでボールを受けられるならば、前方への視野が大きく開けるはずです。

 ここでゴールへ一気に向かう合図とも言える「プレーの加速」を意識して縦パスを選択します。もちろん「Klatschen」が横へのパスで成功する場合もありますが、点と点でタイミングを合わせなければならず、その瞬間、視野はその局面に集中されます。

 しかし、潜り込む場合はすでにボールを受ける前に前方への視野がある程度確保されやすいはずです。また短い落としは、素速くDFラインの背後を突けるよう、プレーの加速にリズムをもたらします。

 これが長いと相手に時間を与えて、リズムも背後を狙えるチャンスも消失し、プレーが一向に加速しません。単に当てて落としただけになり、ゴールのにおいがする状況変化は望めません。

「Spieloffner Spieler」はボール非保持でも効果を発揮する

「Spieloffener Spieler」が潜り込んで展開するパスに角度をつけたほうがベターな理由を、少し細かいですが、前出の「Steil-Klatschen-Spiel」の図を使って説明します。

 特にアタッキングサードでDFラインを突破するパスでは図のように垂直に落とされたボールを角度をつけてパスするならば、それを走り込んで受ける味方選手の顔はゴール方向に向きボールを受けることができます(図6-1)。

BoS理論 図6-1
図6-1:「Klatschen(垂直)」(クラッチェン)-「Speil」(シュピール)

 一方で、「Klatschen」が横または斜めに落とされて角度なくゴールに向かうようなスルーパスをするならば、GKにキャッチされる可能性があります(図6-2)。

BoS理論 図6-2
図6-2:「Klatschen(横、斜め)」-「Speil」(シュピール)

 GKにキャッチされず、絶妙なパスが通ったとしても、その受け手の身体はゴールに対してクローズするのは何となく想像できると思います。もちろん1タッチでゴールに正体し、うまく処理してゴールに結びつけられることもあり、否定されるプレーでは決してありません。どちらが労せずゴールへ向かいやすいかが焦点です。

 垂直に落として、潜り込んで受ける。ここでもゲーゲンプレスの意味があります。

 垂直に落とすプレーがうまくいかず、多少のズレがあっても、点と点ではないので、その対応は比較的しやすく、また味方と相手がごちゃっとなったとしても、潜り込んでいるならば、ボールに正面からすぐにゲーゲンプレスに移行できます。つまり「Spieloffner Spieler」はBoS的サポート役にもなるのです。

 攻撃としての効果、非保持になったときの効果を併せ持つのが、この「Steil-Klatschen-Spiel」です。漠然とした「当てて落としてパスをする」ではないことが理解できたかと思います。

(文:河岸貴)

【関連書籍】
『サッカー「BoS理論」 ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法』
カンゼン・刊
河岸貴・著
ボールを中心に考え、ゴールを奪う方法論「BoS(ベーオーエス)理論」(Das Ballorientierte Spiel:ボールにオリエンテーションするプレー)が足りていない日本サッカーの現状に警鐘を鳴らす。ドイツ・ブンデスリーガの名門シュトゥットガルトで指導者、スカウトを歴任した著者が、日本のサッカーの現状を直視しながら、「BoS理論」におけるボール非保持時の部分、「Ballgewinnspiel:ボールを奪うプレー」の道筋をつけた一冊。

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【第1回】ドイツ側の本音、日本人は「Jリーグの映像だけで評価できない」。Jリーグに復帰した選手の違和感の正体
【第2回】「いまは慌てたほうが良い」BoS的攻撃の優先順位を提示する。ドイツの指導者養成資料をもとに攻撃を分解
【第3回】そこに優先順位はあるか? Jリーグの安易なバックパスに疑問。サッカーの「基本的攻撃態度」を突き詰める
【第4回】ボールを奪った瞬間、どう動くべきか。ドイツ2部クラブがレヴァークーゼン相手に見せた効果的な形
【第5回】ボール奪取後のキーワードは「エアスター・ブリック・イン・ディ・ティーフ」。ゴールへ向かう3つの選択肢
【第6回】ドイツサッカー「BoS」の理想と必要悪。ボール奪取直後にリスクを負うべきシチュエーションを解説する
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【第10回】このプレーに一体何の意味があるのか? 自滅するタイプの監督がJリーグには多いような気がする
【第11回】無駄が一切ないビルドアップの機能美。ドイツを撃破したスロバキアを例に。Locken―自陣に相手を誘い込む―


【了】

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