
鹿島アントラーズの低迷期に活躍した選手たち【写真:Getty Images】
2025シーズンに明治安田J1リーグを制覇し、9年ぶりに同タイトルを奪還した鹿島アントラーズ。Jリーグ創設からトップカテゴリーで輝き続ける名門が、高らかに復活を宣言した。しかし、9年もリーグタイトルから遠ざかったように、“常勝軍団”にも低迷した時期はあった。今回は、そんな“暗黒期”に輝いた選手をピックアップして紹介する。[3/5ページ]
FW:大迫勇也(おおさこ・ゆうや)

鹿島アントラーズ時代の大迫勇也【写真:Getty Images】
在籍期間:2009~2013年
通算成績:公式戦191試合65得点
2012年に歴代最低の11位に沈んだ鹿島アントラーズは、翌2013年にトニーニョ・セレーゾ監督を8年ぶりに迎え入れた。
チームは最終盤までJ1優勝争いに絡んだものの、最終節でサンフレッチェ広島に0-2で敗れて一気に5位へ転落。7年ぶりの無冠という屈辱的な結果で、前年まで獲得できていたカップ戦のタイトルまで逃してしまった。
そうした中、明るい光を放ち続けたのが、当時23歳のFW大迫勇也だった。
大迫は2013年シーズン、J1リーグ戦33試合に出場し19得点をマーク。これはプロ入り後初のリーグ2桁得点であり、チーム内得点王として攻撃の中心を担った。
2009年のプロ入り以降、3、4、5、9得点と着実に積み上げてきたゴール数が、この年に一気に花開いた形だ。
チームが苦境にある中での数字だけに、その価値はひとしおだった。
確かなポストプレー技術と独特のトラップ、そしてゴール前での冷静な判断力――それらが結実した充実のシーズンといえる。
前年まで指揮を執ったジョルジーニョ監督のフィジカルトレーニングの影響もあるのか、この時期には田中マルクス闘莉王やチャン・ヒョンスといった代表クラスのセンターバックにも競り勝てるようになっていた。
そして翌2014年1月にドイツのTSV1860ミュンヘン(当時ブンデスリーガ2部)への移籍が実現。その後は2大会にわたってFIFAワールドカップ(W杯)に選出され、文字通り日本を代表するストライカーに羽ばたいていった。