
鹿島アントラーズの低迷期に活躍した選手たち【写真:Getty Images】
2025シーズンに明治安田J1リーグを制覇し、9年ぶりに同タイトルを奪還した鹿島アントラーズ。Jリーグ創設からトップカテゴリーで輝き続ける名門が、高らかに復活を宣言した。しかし、9年もリーグタイトルから遠ざかったように、“常勝軍団”にも低迷した時期はあった。今回は、そんな“暗黒期”に輝いた選手をピックアップして紹介する。[1/5ページ]
FW:アレックス・ミネイロ

鹿島アントラーズでプレーしたアレックス・ミネイロ【写真:Getty Images】
在籍期間:2005~2006年
通算成績:公式戦73試合33得点
2002年から2006年にかけて、鹿島アントラーズはJ1リーグの頂から遠ざかった。
クラブの象徴であるジーコが2002 FIFAワールドカップ(W杯)終了後にサッカー日本代表の監督に就任し、同年に鈴木隆行がベルギーへ、翌2003年には柳沢敦がイタリアへと渡った。
チームの主力だった選手たちも去り、編成を見直す必要に迫られた時期である。
深刻だったのはFWの得点力不足。1998シーズンの柳沢は1stステージの17試合で15得点をあげる驚異的な成績を残したが、彼の退団以降はそのクラスのスコアラーがなかなか現れなかった。
そんな中、2005年に颯爽と登場したのが、ブラジル人FWのアレックス・ミネイロである。
2001年のブラジル・セリエAでは17ゴール7アシストを記録しており、所属するアトレチコ・パラナエンセの攻撃をけん引する存在だった。
フィニッシャーにもチャンスメイカーにもなれる同選手は、加入初年度から出色の活躍を見せる。
前線でコンビを組む野沢拓也との連係は抜群で、2005シーズンは2ステージを通じて相手チームの脅威となっていた。
前線から2度追い3度追いするような選手ではなかったが、味方のカウンター時には自陣から一気に駆け上がる脚力を見せ、要所でアジリティの高さも示した。
セカンドボールへの嗅覚も優れており、こぼれ球を押し込むゴールも多く、とにかく得点に絡むオプションが多かった選手だ。
2005~2006シーズンの在籍期間で公式戦73試合33得点。2007年から始まるリーグ3連覇の直前に退団したが、そのインパクトは強烈だった。