
残留争い、J2降格…。サンフレッチェ広島、暗黒期に輝いた5人【写真:Getty Images】
3回のJリーグ優勝を誇るサンフレッチェ広島だが、その歴史は決して順風満帆ではなかった。J2降格や主力流出など、クラブが苦境に立たされた時期もある。それでも、そんな暗黒期を支え、希望の光を灯し続けた選手たちが存在する。今回は、暗黒期のサンフレッチェ広島で確かな存在感を放った5人を紹介する。[5/5ページ]
MF:柏木陽介(かしわぎ・ようすけ)

サンフレッチェ広島の柏木陽介【写真:Getty Images】
在籍期間:2006年〜2009年
通算成績:139試合23得点11アシスト
サンフレッチェ広島はJリーグ屈指の育成クラブとして知られ、これまで数多くの名選手を輩出してきた。
その中でも、クラブの低迷期に鮮烈な輝きを放ったのが柏木陽介である。
ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の下で才能を開花させた柏木は、ユース昇格からわずか2年でレギュラーへ定着。豊富な運動量と攻撃センスを武器に、チームの中心として存在感を放った。
ペトロヴィッチ監督は絶大な信頼を寄せ、柏木を「広島のダイヤモンド」と称賛。当時から、クラブの未来を担う特別な才能として大きな期待を集めた。
しかし2007シーズンに、チームは攻守のバランスを崩して成績不振となり、まさかのJ2降格。若き司令塔の輝きとは対照的に、クラブは大きな挫折を味わうこととなった。
それでも柏木は、複数のオファーを断って残留を決断。自らJ2で戦う道を選んだ。
迎えた2008シーズン、広島は圧倒的な攻撃力でJ2を席巻。柏木も中盤の核として躍動し、卓越したゲームメークでチームを牽引した。
若き才能は苦しい状況でも埋もれることなく輝きを放ち、広島をわずか1年でJ1復帰へ導いている。
2010シーズンに浦和レッズへと移籍したが、多くのサポーターが類まれな才能に魅了されたことだろう。
【著者プロフィール:編集部】
国内外のサッカーを専門に取材・執筆・企画する編集チーム。戦術分析、ニュース報道、コラム制作からデータリサーチまで、各分野のスペシャリストが在籍しており、欧州主要リーグ、サッカー日本代表、Jリーグはもちろん、女子サッカーや育成年代まで幅広いテーマをカバーする。現地取材で得たリアルや、データを活用したユニークなコンテンツなど、読者に“今、本当に知るべきサッカー情報”を届けることを使命とし、読者に寄り添い、サッカーをより深く、より立体的に楽しめるコンテンツづくりを目指している。
Xアカウント:@foot_ch
インスタグラムアカウント:foot_ch
【関連記事】
一番大変なのは? Jリーグ百年構想リーグ、サポーターの総移動距離ランキング1~5位。過酷なアウェイ遠征
明治安田Jリーグ百年構想リーグ ユニフォーム記事一覧
日本では監督との間に壁がある。でも、外国人監督はフラットだった。日本は全員を守ろうとして自分が死ぬ【ポープ・ウィリアム手記】