FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)が幕を開けた。日本代表はもちろんのこと、いわゆる強豪国と称されるチームのパフォーマンスにも期待が集まる。そこで今回は、各国のサッカーの歴史や戦術に詳しい西部謙司氏に、北中米W杯における注目国について分析してもらった。ブラジル代表編をお届けする。(文:西部謙司)[1/2ページ]
「ブラジル」を諦めたブラジル
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CBF(ブラジルサッカー連盟)は「世界基準の再構築」を掲げている。それに向けての一手が初の欧州人監督、カルロ・アンチェロッティの招聘だった。
これまでブラジルは「世界基準」など気にしたことがない。ブラジル基準を満たしていれば十分だったからだ。
しかし、ブラジルがブラジルらしくあれば世界のトップに君臨できる時代ではなくなった。いや、ブラジルらしくあることが困難になってしまった。
ブラジルがブラジルらしさを失ったのがいつかは判然としない。セレソン(ブラジル代表)はその時々で欧州化し、また揺り戻しもあった。その間、少しずつブラジルらしさはその色を失っていった。
ストリートサッカーの消滅、欧州移籍を成立させるための選手育成、その結果として欧州に適応した選手たちで構成されるセレソンの欧州化という流れが出来上がっている。その中で、かつて他国との明確な違いとしてあったブラジルらしさが失われていったと考えられる。
もうブラジルはかつてのブラジルを復興しようとはしていないようだ。北中米ワールドカップ(W杯)では新しいブラジルを見ることになるのだろう。
ブラジルらしさを象徴したのは…
かつてブラジルが持っていたブラジルらしさとは何か。
例をあげるなら1970年と82年のセレソンになる。
ペレ、トスタン、リベリーノなどを擁して3度目の優勝を全勝で勝ち獲った70年。ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾの「黄金の4人」が躍動した82年。ブラジルらしさが横溢していた2チームである。
共通点は「タベーラ」。いわゆる壁パスのことだが、もう少し拡大解釈すると、ショートパスとランニングを組み合わせた攻撃で相手守備陣を操り手玉にとり、束にして置き去りにしていくプレースタイルだ。
狭小地域の突破という攻撃方法はブラジルだけではなく、アルゼンチン、ペルー、コロンビアなどにもあるが、ブルジルのそれは柔らかさと意表をつく変化で際立っていた。
欧州にもあるとはいえ、ブラジルと比べると硬質な印象で、ボールタッチの質と身体操作能力の違いが大きい。
セレソン最多勝監督であるマリオ・ザガロは、かつてこのように話している。
「監督の指示など…」
「作戦を廃して選手に自由を与えること。監督の指示など必要としない選手たちと共にあることが重要である」
タベーラは教えられた戦術ではない。選手たちが自然と体得していったもので、かつてそれはブラジルの伝統芸でもあった。
即興性が命なので、当然監督の指示は必要としない。技術と知性に優れた選手たちが即興で解決する。欧州にこの手の名人はチームに1人か2人が限界で共存は難しいとされていた。
しかし、ブラジルはそんな選手を平気で3人、4人、5人と並べていた。タベーラの最少人数は2人であり、より多くの人数がいることで威力を増す。選手が戦術であり、そこに関しては監督の指示を必要としていなかった。
このブラジルらしさは、21世紀初頭を席巻したスペインの「ティキ・タカ」とよく似ている。そしてどちらも現在は消滅寸前に至っている。どちらも担い手がいなくなってしまったのだ。



