
北中米W杯を戦うオランダ代表【写真:Getty Images】
FIFAワールドカップ2026(北中米W杯)・グループFの開幕戦。欧州の雄・オランダ代表にとって、この日本戦はまさに「前半の停滞、後半のギアチェンジ、徹底された個の力、そして最終盤の大きな誤算」が凝縮された、極めてスリリングな90分間となった。今回は、オランダ代表がピッチ上で何を狙い、日本のシステム「5-4-1」にいかに手を焼き、勝ち点3を奪えなかったのか。彼らの視点に立って、この一戦の戦術的攻防をMatch dive(深層分析)していきたい。(文:田中裕介)[2/2ページ]
【後半】冷徹なギアチェンジ。戦術を無力化した「個の力」の洗礼

大きく動いた後半戦【写真:Getty Images】
だが、後半のキックオフと同時に、オランダ代表は完全に「別のチーム」へと変貌を遂げた。
前半のフラストレーションをエネルギーに変えるかのように、全体のプレースピードを引き上げる「ギアチェンジ」を敢行してきた。そのギアチェンジは、後半開始早々、最も確実かつ残酷な形で実を結ぶ。オランダが誇る世界最高峰の武器、セットプレーからだった。
51分、セットプレーの流れから前線に残りファーサイドに位置取った絶対的リーダーのファン・ダイクが、フラーフェンベルフのクロスからヘディングシュートを叩き込み、先制に成功する。
前半、どれだけ日本にうまく対応されようとも、一発のセットプレーで強引にこじ開けてみせるという、世界トップ基準の底力を見せつけた。
直後の57分、オランダ守備陣は一瞬のエアポケットを迎え、自陣右サイドのポケットへ侵入した日本の久保を起点に、左WBの中村に鮮やかな同点ゴールを許してしまうものの、この時のオランダにはその動揺すらねじ伏せるだけの「個の力」が再び爆発する。
64分、オランダは2人の高いクオリティで日本を再び突き放す。中央の狭いライン間で縦パスを受けたフラーフェンベルフが、鋭い反転ターンで日本のマークを完全に無力化。そこから右ウイングのサマーフィルへ展開すると、サマーフィルがカットインから左足の見事なフィニッシュでこじ開けてネットを揺らした。
この時、外側のレーンを右SBのダンフリースが豪快にオーバーラップ。その動きでオランダはこの試合初めて右サイドで数的有利を作った。
戦術的な組織や日本の粘り強い対応を完全に超越した、フラーフェンベルフの剥がしとサマーフィルのフィニッシュという、2人の個のタレント力で強引にこじ開けた、オランダの真骨頂とも言える追加点だった。
クーマン監督が下した決断

オランダ代表を率いるロナルド・クーマン監督【写真:Getty Images】
再び2-1と1点のリードを奪ったオランダに対し、日本はさらにリスクを冒して前がかりになってくる。
ここでクーマン監督は、極めて現実的なゲームコントロールへと舵を切った。
後半のハイドレーションブレイクのタイミングで、69分に一挙に3人を交代。マレン、サマーフィル、ラインデルスをベンチへ下げ、メンフィス・デパイ、トゥーン・コープマイネルス、クインテン・ティンバーをピッチに送り込んだ。
スピードを活かした「殴り合いのオープンなアタック」に付き合うのではなく、キープ力やテクニックに長けたメンバーを入れることで、「自らボールを保持して時計を進め、ゲームを終わらせる」という現実的な采配だった。
しかし、結果としてこのクロージングプランは、日本の執念と、オランダ自身の予期せぬ機能不全によって完全に狂わされることになる。
誤算だったのは、途中交代で入ったデパイのコンディションが良くなかったことだ。前線からの守備(ファーストプレス)で全く規制をかけることができず、日本のDFラインやボランチ陣、つまり「パスの出所」に対して適切なプレッシャーが掛からなくなってしまった。
自由を得た日本に完全に押し込まれ、防戦一方となったオランダは、80分にたまらず実力派CBのナタン・アケを投入。明確な5バックへとシステムを変更する。
この交代劇の引き金となったのが、日本の右シャドーに途中投入された伊東純也の存在だ。
前半からオランダは、守備時にデ・ヨングが左CB(ファン・ダイク)の脇に落ちてスペースを埋める可変システムを敷いていた。
しかし、スピードとキレを持つ伊東、本職右WBの菅原由勢がそこへ強襲を仕掛けてきたことで、本来MFであるデ・ヨングは後手に回り、手を焼き始める。
日本に右サイド(オランダの左サイド)を支配され、そこからの侵入が増加した。このオランダ守備陣の明確な弱点を隠すため、クーマン監督は可変で凌ぐのを諦め、「本職のDF」であるアケをピッチへ送り込んだのだ。
プライドをかなぐり捨ててゴール前に人を並べ、枚数を増やして力尽くで逃げ切りを図る。オランダにとっては、そうせざるを得ないほど日本代表の交代による「再ブースト」の火力が凄まじかった。
だが、プレッシャーの無くなった出所から高精度の配球を続け、諦めずにピッチを広く使ってボールをしっかりと繋いできた日本の攻撃は、オランダ守備陣の体力を確実に削る「ボディーブロー」のように効いていた。
最終盤、完全に押し込まれた流れから与えたコーナーキック。89分、ゴール前でマークが一瞬遅れた隙を突かれ、途中出場の小川航基が放ったヘディングシュートが鎌田大地に当たってゴールに吸い込まれる。
オランダの目算は土壇場で決壊し、試合は2-2の引き分けという劇的な幕切れとなった。
総括:世界基準の「個」と日本の「組織」が痛み分けた勝点1

2度目の同点弾のあとの日本代表【写真:田中伸弥】
結果は2-2。オランダ代表にとっては、勝点3を手中に収めかけながらも、最終盤のゲームクロージングに失敗して勝点1を分け合う、非常に悔しさの残るドロー決着となった。
前半は日本の完璧な守備組織の前に、両SBのキャラクターの特徴(インサイドワークの引き出しの少なさ)もあり手詰まりとなった。
しかし後半、頭からの鮮やかなギアチェンジとセットプレー、そして2点目という強烈な「個の力」で一度は完全に試合をひっくり返してみせた。あの破壊力こそが世界トップ基準のクオリティだった。
リードした後のゲームコントロールにおいて、デパイのコンディションの低さを起点に日本のパスの出所をフリーにし、キープの局面でも時間を作れなかったこと、DFアケを投入して5バックで引きこもりながらも、日本の執念のボディーブローの前に守りきれなかった終盤の展開は、オランダにとって大きな痛手であり、今後のワールドカップを戦う上での大きな宿題となるだろう。
世界のトップを行くオランダの強烈な「個のギアチェンジ」と、それを最後は交代で得た再ブーストと執念でこじ開けた日本の「組織力・不屈の精神」が真っ向から火花を散らした、ワールドカップ初戦にふさわしい珠玉の死闘だったと言える。
(文:田中裕介)
【著者プロフィール:田中裕介】
SHIBUYA CITY FCスポーツダイレクター。サッカー解説者。(Jリーグ、欧州サッカー、FIFAワールドカップ2026など国内外の試合で解説を担当)
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【了】
