
W杯で戦犯扱いされた日本代表選手【写真:Getty Images】
FIFAワールドカップ(W杯)は、世界最高峰の舞台であると同時に、わずか一つのプレーが永遠に語り継がれてしまう残酷な大会でもある。日本代表もこれまで幾度となく歴史的な激闘を演じてきたが、その裏では、一瞬の判断やプレーによって「戦犯」として厳しい視線を向けられた選手たちが存在した。今回は、W杯の舞台で大きな注目を集めることになった日本代表選手5人をピックアップして紹介する。[1/5ページ]
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FW:柳沢敦(やなぎさわ・あつし)

2006年ドイツ大会に出場した柳沢敦【写真:Getty Images】
対戦カード:日本代表対クロアチア代表(グループリーグ第2節)
スコア:0-0
開催年:2006年(ドイツ大会)
【後半に訪れた最大の決定機】
2006 FIFAワールドカップ(W杯)ドイツ大会は、日本代表にとって大きな挫折の舞台となった。ジーコ監督率いるチームは、初戦でオーストラリア代表に1-3で逆転負けを喫し、グループリーグ突破へ向けてクロアチア代表との第2戦は絶対に落とせない状況となっていた。
前半にGK川口能活がPKをストップしてチームを救うと、迎えた51分、日本に最大のチャンスが訪れる。
絶妙なワンツーで抜け出した加地亮からの右クロスは、ゴール前で待ち構えていた柳沢敦のもとへ。触れば1点という絶好のチャンスだったが、柳沢のシュートは大きく右へ外れ、ゴールとはならなかった。
結果、日本はこの試合をスコアレスドローで終え、勝ち点1の獲得にとどまった。そして3戦目ではブラジル代表に1-4で敗れ、グループリーグ敗退という結果に終わった。
【柳沢敦の言葉から生まれた「QBK」】
試合後、柳沢は決定機について「急にボールが来たので」とコメント。この発言は瞬く間に話題となり、インターネット上では、その頭文字を取った「Q(急に)B(ボールが)K(来た)」という言葉が生まれ、急速に拡散されていった。
サッカーでタラレバは禁物だ。それでも、「あの時決めていれば」と思わずにはいられないシーンの一つとして、この場面は今なお日本サッカー史に語り継がれている。