FC東京の石原広教【写真:Getty Images】
浦和レッズで主力を担っていた石原広教が今夏、FC東京への移籍を決断した。待っているのは、室屋成や長友佑都ら実力者が揃う、熾烈なポジション争いだ。決して出場機会が約束された環境ではない。それでも石原は、あえて厳しい競争の中に身を置くことを選んだ。新たな刺激を求め、さらなる成長を目指す27歳は、FC東京の悲願であるJ1制覇を目指す戦いの中で何を示そうとしているのか。(取材・文:元川悦子)[1/2ページ]
【2026/27明治安田J1リーグ第1節】
2026年8月8日 FC東京 1-5 FC町田ゼルビア(味の素スタジアム)
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石原広教が覚悟を決めて選んだ新天地
昨シーズンまで浦和レッズでプレーしていた石原広教【写真:Getty Images】
2000年のJ1初参戦から26年。2004・2009・2020年のリーグカップ(現JリーグYBCルヴァンカップ)と2011年の天皇杯タイトルは獲得しているものの、J1王者とは縁のない状態が続いているFC東京。2026年明治安田J1百年構想リーグはEAST2位・最終順位4位となり、松橋力蔵監督のスタイルも浸透しつつあったが、本当の勝負は26/27シーズンだ。
頂点を目指すため、クラブは松橋監督のアルビレックス新潟時代の教え子である本間至恩を獲得。レンタルに出していた永野修都、安斎颯馬を呼び戻した。
加えて8月8日の開幕・FC町田ゼルビア戦直前には、北中米ワールドカップ(W杯)で5大会連続出場の偉業を達成した長友佑都と再契約したことを正式に発表。着実に戦力をアップさせている。
そこに身を投じた1人が石原広教だ。ご存じの通り、湘南ベルマーレのアカデミー育ちの彼は2019年のアビスパ福岡へのレンタルを経て2024年に浦和レッズへ移籍。2025年にはFIFAクラブW杯に参戦するなど、浦和の主軸右サイドバック(SB)としてプレーしていた。
その石原が今夏、FC東京に赴いたのは、1つのサプライズだった。FC東京のSB陣を見ると、ドイツ2部で5年間プレーした元日本代表のキャプテン・室屋成を筆頭に、代表経験のあるバングーナガンデ佳史扶、キックの精度に定評のレフティ・橋本健人がいる。
そこに長友と安斎が加わったのだから、選手層はJ1随一。浦和でレギュラーを張っていた石原といえども、定位置を約束されていない状況だ。
厳しい環境にあえて飛び込んだ理由を、本人はこう語っていた。
「誰が出ても…」
前半で退場処分を受けたFC東京の橋本健人【写真:Getty Images】
「競争したくて来たところもあるので。自分自身、すごく楽しいし、それぞれのキャラクターがすごく違う選手ばかりなので、誰が出てもJ1でやれる選手たちがいると思っていますし、選手層は物凄く厚くなる。すごく面白い競争になると感じますね」と。
ならば、いち早く爪痕を残さなければいけない。けれども、開幕・町田戦は右に室屋、左に橋本健人がスタメン。石原はベンチから戦況を見守るところからのスタートとなった。
この日のFC東京はエースFWマルセロ・ヒアンのスピードが大いに光り、序盤から町田守備陣を攪乱。開始5分に彼のゴールでいち早く先制点を奪うことに成功した。
その後もヒアンが決めた2点目がオフサイドで取り消しになるなど、東京ペースが続いていたが、徐々に町田も守備を修正。27分にミッチェル・デュークが同点弾を奪い、試合を振り出しに戻すと、相手ペースになっていった。
そして、大きなターニングポイントとなったのが、38分の橋本健人の一発退場だ。松橋監督はすぐさま石原を呼び、ピッチに投入。浦和時代は右SBが主戦場だったため、室屋を左に回して石原が右に入るのかと思われたが、そのまま橋本健人の穴埋め役として左でプレーすることになった。
「相手にもスキはあると…」
42分から出場したFC東京の石原広教【写真:Getty Images】
「湘南時代に左をやっていたので、小原さん(光城GM)はそのイメージが強かったのかな。ただ、今日は久々だったので、ボールの持ち方とかがちょっとおぼつかないところがありました」と本人も戸惑いながらの途中出場だったが、何とか適応しようと集中力を高めた。
だが、石原が入って間もない前半アディショナルタイムに2失点目を献上。そこで石原は手を叩いてチームメートを鼓舞。持ち前のリーダーシップを発揮しようとした。
「やっぱり諦めちゃいけないし、10人だろうが、何だろうがプレーは続けなきゃいけない。相手にもスキはあると感じていたので、そこを突いていこうと気持ちを切り替えました」と彼は毅然と言う。
迎えた後半。松橋監督は4バックから3バックへスイッチ。石原は左ウイングバック(WB)としてプレーすることになり、立ち位置や距離感で少し苦労した様子だ。
「5枚になって距離感が遠くなっちゃうところはありました。みんな5枚でやることにあんまり慣れていなかったと思うし、自分もどこまで行くのか、どのタイミングで前に行くのか、耐えるんだったらどうブロックを敷くのかというところをハッキリ声を掛け合いながらやる必要があったと思います」と手探り状態が続いたことを明かす。