サッカーを遊ぶ南米、サッカーを遊ばない日本(前編)

【対談】マリーニョ×亘崇詞
南米の選手の創造性はどこから生まれてくるのか? ブラジル人のマリーニョ氏、アルゼンチンに精通する亘崇詞氏に話を聞き、その源泉を探った。構成:植田路生

2013年01月12日(Sat)15時14分配信

text by 植田路生 photo Kenzaburo Matsuoka
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【後編はこちらから】 | 【サッカー批評issue54】掲載

一生練習しないのにサッカー知識は高い南米人

――ブラジルでも、アルゼンチンにしても、南米出身の選手は非常に創造性あふれるプレイをしていると思うんですね。これはどうやって生まれるんでしょうか?

亘崇詞(以下、亘)「アルゼンチンに行って違うなと思ったのは日本ほどサッカーを細かく教えないんですね。目的とか大体のテーマをコーチが言いますけど、方法は選手に任せます。事細かく『ここにボールを止めなさい』とか『シュートコースの切り方はこうだ』とかまでを教えたりはしないですね。ブラジルやアルゼンチンの子どもたちは、小さいときからサッカーを見ている数も全然違いますし、それだけクリエイティブなサッカーをする人たちのサッカーを見て育っています。

 やっぱり自分たち(の中)から出てくるものってのはすごく南米の子たちは大きいなと思います。僕がボカのスタッフ時代に練習に混じったとき、迷惑をかけないようにワンタッチかツータッチで簡単にやったんです。そしたらリケルメが怒ってきたんですよ。『ポルケ ノーテ フガース!』って。『フガール』ってのは『遊ぶ』という意味。『なんで遊ばないの?』って。怒られたってのがすごく衝撃で。『お前がやっているのはプレイじゃない』というニュアンスのことを言われました」

――例えば日本だと結構小さいうちから、「こういう蹴り方をしなさい」「何mのパスを出しなさい」「戦術は4-4-2」などと細かく教えますけど、そういう教え方ってのをまずほとんどやらないってことなんですかね?

マリーニョ(以下、マ)「向こうではサッカーに限らずスポーツってのは遊びです。私たちが小さいときからサッカーはひとつの遊びで、よい時間を過ごすためにあるもの。競技じゃないんです。かけっこや鬼ごっこと一緒。だから、サッカーを始めるときは誰も指導者がいないんです。僕が初めてTVでサッカーを見たとき、今でも覚えているんですよ。4、5歳くらいかな。びっくりしたのはボールが同じチームに渡るんですよ。『あ、パスしているんだな』と。子供はボールを持つと自分で行っちゃうんです。パスを考えていないんだよ。だから『あ、それがサッカーだな』と。

 日本の場合は、どうしても小さいときからスポーツをやらせる。日本ではサッカーは競技。だからパスから入る。基本から教えなきゃいけない、と。僕が残念だと思うのは、特にサッカースクール。本当は子供たちにゲームばかりやらせればいいんです。だけど日本の場合は大体金をとっているから、『何かやらなきゃ駄目だ』と、余計なことをやる。親も見ているし、何か練習っぽくしなきゃならないことが多いんです。自由にさせればいいんだよ。ゲームばかりやらせたら、その子供の性格とか、いろんなものが出てくるから。ブラジルの場合はうまい人が練習する権利がある。将来のある人を集めて練習させるんです。他は練習させない。『だってお前、選手になれないから。いらないよ。遊びでいいじゃん』と」

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