サッカー海外組第1号はなんとあの有名歌手の弟

日本で最初に海外移籍した選手は誰であろうか? 奥寺康彦かと思いきや、実はその2年前に海を渡った人物がいる。知る人ぞ知るパイオニアに話を聞き、当時の海外リーグの実態に迫った。

2014年01月02日(Thu)9時16分配信

text by 植田路生 photo editorial staff
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【フットボールサミット第9回】掲載

海外プロ第1号の実兄はなんとあの「さだまさし」

 かつては海外へ日本人選手が移籍するだけで異常なまでの注目が集まり、“海外組”として何か特別な存在であるかのように扱われるようなことも少なくなかった。だが、今や海外移籍は珍しいことではない。スポットライトは“海を渡る”から“いかに活躍するか”に移っている。

 日本人選手のレベルが右肩上がりに上昇していったのは、海を渡った選手たちが自分の経験を伝えていったことも大きな要因だ。では、その伝道師のパイオニアは一体誰なのだろうか。歴史を紐解くと、ある人物に辿り着く。

サッカー海外組第1号はなんとあの有名歌手の弟
「腕を組むとサッカー選手っぽいよね」とおどける佐田繁理【写真:編集部】

 その男の名は佐田繁理(しげり)。奥寺康彦がブンデスリーガへ移籍するより2年早い1975年、香港リーグでプレー。日本人選手初の海外組になると同時に、日本初のプロサッカー選手となった。

 この佐田という男、実は歌手さだまさしの実弟にあたる。現在の本業は兄のコンサートの演出の総指揮、そしてプロデュースなど。長きにわたり、兄さだまさしを陰ながら支え続けている。

 また本業とは別に、佐田は現在FCエルマーノ那須という中学生年代のクラブのオーナー・代表も務める。午前中に試合を観て、午後は大急ぎで兄のコンサートに駆け付ける、といった強行スケジュールもしばしばあるようだ。現在もサッカーにどっぷりと浸かっている佐田だが、そもそもの出会いはいつだったのだろうか。話は約50年前に遡る。

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