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スペクタクル・ビルバオの神秘【欧州サッカー批評 6】

text by 西部謙司 photo by Kazuhito Yamada

プロの選手が上手くなる

 倉本さんからお借りしたビルバオの練習映像のいくつかを見てみると、相当にシュールな風景である。 ある練習では、ボールを使わずにポジショニングだけを確認していた。コーチが選手の名を呼び、その選手が動く。すると、周囲がいっせいに反応してポジションを修正する。見た目は、ただ突き立てられた人形から人形へ、あるいは人形の間へ、人が移動しているだけなのだ。「これは、相手のフォーメーションを見立てての練習だと思いますが、面白いのは右サイドに規則性のない動きをする相手を想定していることです。実際、試合を見てみるとそういう選手がいました」

 ビエルサの練習には曖昧さがない。「こんな感じ」でもなければ、「こうかもしれない」でもない。「こう動け」「ここへ止めろ」という正解がある。やり方がわからない選手には、練習中にパソコンの映像とパワーポイントを駆使して理解させる。「ただ、ミスしてもオーケーなんです。できるまでやるわけではない。パスとコントロールの練習でも、一回りローテーションしたら終わり。次の場所に移動して別のパス&コントロールをやり、また次と20項目ぐらいやる。そうやって毎日少しずつ積み重ねていくようです」

 まるで工場の流れ作業のように粛々と練習は続いていく。映像を見ると、何をやっているのか皆目見当がつかないものもあれば、目的がわかりやすいものもあった。わかりやすいものの1つにシュート練習がある。
「逆サイドからの浮き球のパスを、人形の背後で受けてシュートします。そのとき、ポストからペナルティーエリアの角に線が引いてありますよね。このラインの外からはシュートしないんです。これより外の角度からは、ほとんど入らないから。見た目、いいシュートは打てるんですが入らない。ラインの内側で受けてシュートするか、外へ出たらパスに切り替える。その理屈がはっきり表れていると思います」

 倉本さんが衝撃を受けたのは、こうした練習で、ビルバオの選手たちが上手くなったという事実である。
「バルセロナには、ボールを大事にするという文化が根づいていました。ところが、ビルバオは気質も文化もまったく違う。ビルバオのサッカーは相手にぶつかる、戦うサッカーでした。ビルバオにつなぐ文化はない。文化や土壌のないところで、どうやってつなぐサッカーをやるのか。その点、ビエルサ監督にはとても興味があったんです」

 ビエルサが就任して数ヶ月、ビルバオは変貌した。メンバーもほとんど変わっていないのに、見事にパスサッカーが成立していた。「いまだに、あの練習でできてしまったということに衝撃を受けています」

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