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スペクタクル・ビルバオの神秘【欧州サッカー批評 6】

『奇才マルセロ・ビエルサはいかにして“芸術作品”を作り上げるのか?』

11-12シーズン、ビルバオを躍進させたマルセロ・ビエルサ。異端の戦術家はいかにして新しい独特のスタイルを選手に浸透させているのか。ビルバオに3年間滞在し、ビエルサの手法を現地で見てきた倉本和昌氏(ベルマーレフットボールアカデミー南足柄U-15監督)の話をもとに、ベールに包まれたその手腕に迫る。

text by 西部謙司 photo by Kazuhito Yamada


ビルバオを率いる、マルセロ・ビエルサ監督【写真:山田一仁】

125パターンのサッカー

「サッカーは125パターンしかない」

 マルセロ・ビエルサ監督は、そう言ったそうだ。「あらゆる試合を見てきたけれども、どうしても126番目は見つからない」

 ビエルサが「あらゆる試合」と言ったら、それはもう本当にありとあらゆる試合だ。アルゼンチンのニューウエルスの監督だったとき、ビエルサは選手たちに「素晴らしい動きをする選手」の映像をみせた。確かに素晴らしい動きだった。しかし、その選手のことを誰も知らなかった。フィンランド人だった。

 まだアヤックスに移籍する前の、ヤリ・リトマネンだったという。インターネットのある現在なら、無名のフィンランド人を発見することもできるだろうが、1990年にどうやってその映像を手に入れたのだろう。そのビエルサが「125パターンしかない」と言っているなら、たぶんそうなのだろう。「それを聞いて、腑に落ちたんです」

 倉本和昌さんは、そう話しはじめた。バルセロナに4年半、ビルバオに3年間滞在してコーチの勉強をした倉本さんだが、ビエルサ監督下のアスレティック・ビルバオのトレーニングを見たときは、疑問だらけだった。「ピッチの至る所に人形やポールが突き刺してあって、その周辺で選手がドリル形式の練習をしていました」

 何を意味しているのかわからない。コーチ陣は2時間も前から練習場に出て、設営をしていた。あちらこちらに人形が林立する。「日本でも、相手をつけないドリル形式の練習には否定的だと思います。ところが、ビエルサの練習には敵がいない、判断もない、端からみれば何でこんなことやっているのかという練習なんです。負荷をどうしているのか、実践的な判断力をどうするのか、謎だらけでした」

 そこでビエルサの言葉を知り、気がついたという。「彼はゲームで起こる125の要素を、1つずつ詰めているのではないか」

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