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連載コラム 11年前

W杯前に知っておくべきブラジルフッチボール。“遊牧民”たちを惹きつけたチャンピオンズリーグの成功

シリーズ:W杯前に知っておくべきブラジルフッチボール text by 田崎健太 photo by Kazhito Yamada / Kaz Photography

広告代理店の参入がもたらしたもの

 第1回欧州チャンピオンズカップは、レアル・マドリーがランスを破って初代王者となった。2回大会以降、欧州サッカー連盟(UEFA)主催となり、レアル・マドリーが5回大会まで連続優勝を成し遂げている。

 UEFA会長だったスウェーデン人のレナート・ヨハンセンはこのチャンピオンズカップの改革に乗り出す。この大会は、FIFA主催のW杯と比較して、商業的に成功しているとは言えなかったのだ。

 W杯は、電通とアディダスの共同出資で設立されたISLの力を借りて、企業スポンサーを軸とした運営を行っていた。そこでヨハンセンは、ISLを辞めた人間たちが作ったTEAMという企業と共にチャンピオンズリーグの運営見直しを始めた。

 見直しの方針は明確だった。試合数をいかに増やすか、である。

 91-92年シーズンから、これまでのトーナメント方式から、参加8チームを2組に分けたリーグ戦方式となった。

 翌92-93年シーズンには大会名称を『欧州チャンピオンズリーグ』(CL)と変更、本大会前の予選方式を始めている。36カ国の優勝クラブが2回戦のトーナメントを戦い、勝ち抜いたクラブが本大会へと出場することになった。

 この段階では、リーグの水準の高低が考慮されていなかった。ホームアンドアウェーの2試合のトーナメント方式では番狂わせが出てくる。競争の激しいリーグのクラブにとって不利となる。事実、このシーズン、スペインのFCバルセロナはロシアのCSKAモスクワに敗れ、出場権を得られなかった。

 そこで翌94-95年シーズンから、UEFAランキング上位8チーム及び前回優勝チームには本大会の出場権とシード権を与えることになった。ランキング8位以下の国のリーグの優勝クラブが、予選を戦うことになったのだ。

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