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戸田和幸が回想する02年W杯。「大会が終わったら死んでもいいと思っていました」

text by 原田大輔 photo by Getty Images

「トルシエ監督からは犬のように走れと言われた」

――トルシエ監督は、特に『フラット3』に関して指示が細かかったと言いますが、中盤から前線にかけても同様ですか?

「いや、それに関してはディテールが細かいということはなかったですね。だって、僕が言われた指示は『お前、犬みたいに走れ』だけですからね(笑)。この時はこう、という細かい指示はないんです。それだけ。でも、意味は分かりますよね。

 ようは相手を窒息させろ。噛みついて、噛みついて、相手に時間を与えるなってことですからね。トルシエ監督の時代は戦術にはめ込まれてロボットのように動いていたと言われ、ジーコ監督の時は逆にフリーだったと思われがちですけど、決してそうじゃない。

 僕らの能力的なものを鑑みて、コンセプトもはっきりしていたし、集まる人間の目的もはっきりしていた。自国開催という意味で少し特別ではありましたけど、妥協なく向かっていこうとする、全員が努力する集団だった」

――ボランチでは、戸田さんと稲本(潤一)選手が組むことが多かったですよね。攻撃は稲本選手、守備は戸田さんのイメージが強い。2人の役割もはっきりしていた。

「いや、それは、彼には彼の間違いないストロングがあって、それに代わって僕が出ていく必要はないんですよ。僕がいて稲本がいてヒデさんがいるんだけど、稲本のほうが前に行ってしまうので、僕の絵としては、僕とヒデさんのダブルボランチというイメージでしたね。ビルドアップのところに稲本は関わらない。僕がDFの近くで仕事をしながら、斜め前のエリアでヒデさんがそれをまた担当してくれるって感じです」

――それは監督の指示ですか?

「全然、そんな指示はないですよ。だから、実はよく見てもらえれば、僕が攻めているシーンもあるんですよ(笑)。指示されていたら間に合わない。個々の戦術眼が絶対的に高かったんです。だから、一人称でプレーしている人には無理なんです。

 サッカーでは、一人称でプレーする人、二人称、三人称になる人がいる。まず、自分がいますが、そこには周りあって、そこに合わせてプレーしていく。それが『連動』と言うものになるんですけど、それがスムーズにできればできるほど、守備も攻撃もいろいろなことが可能になっていくんですよね」

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