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クラマー氏が残した哲学とは。教え子・松本育夫氏の回顧録で振り返る「日本サッカーの父」

text by 藤江直人 photo by Getty Images

約50年を経た現在も変わらぬクラマー氏の“基本”

 闘うために必要な条件は、まさに単純明快だった。

「現代のサッカーは、運動量で相手を上回らなければ勝てない。これは原点です」

 そして、勝つために必要な戦術は「2つしかない」と松本さんは力を込めた。

「ボールを奪われた瞬間から全員が連動して奪い返しにいく。これが守備の戦術なら、攻撃のそれはワンタッチの多用。ワンタッチプレーを繰り返せば、必ず3人目の動きが出てくる。これだけを徹底させました」

 最後の10試合で栃木SCは22ゴールをあげているが、実に18ゴールが相手ゾーンでボールを奪う守備から生まれている。松本さんの口調は、さらに熱血さを帯びていた。

「クラマーさんが教えてくれた基本は、いま現在でも十分に通用するということなんです」

 松本さんが初めてクラマーさんと出会ったのは、早稲田大学の1年生だった1960年8月。日本代表が約3週間の合宿を行った、西ドイツ(当時)のデュイスブルクだった。

 日本代表はその年に開催されたローマ五輪出場を逃していた。4年後の東京五輪へ。抜本的な強化を託されたのが元西ドイツ代表で、引退後は同国サッカー協会の主任コーチを務めていたクラマーさんだった。

 緊張と興奮が交錯した初日の練習。クラマーさんは流れるような美しいフォームから、インサイドキックをはじめとする基本をそれこそ一から十まで正確無比に実践してみせた。

 しかし、最大のカルチャーショックは、その夜に行われたミーティングだった。

 Look before, think before
Meet the ball
Pass and go

 黒板に3ヶ条からなる英語を書き記しながら、クラマーさんはこうまくし立てたという。

「サッカーには3つの基本があり、それがすべてである」

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