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クラマー氏が残した哲学とは。教え子・松本育夫氏の回顧録で振り返る「日本サッカーの父」

text by 藤江直人 photo by Getty Images

「ツァンシン」=「残心」

 現役を退いてからしばらく経ったころに、松本さんは長年抱いてきた疑問をクラマーさん本人にぶつけている。なぜ「大和魂」という言葉を知っていたのか、と。

「日本人は目標や夢をもったときに、それを実現させるために粘り強く努力を続ける。この素晴らしいエネルギーと、絶対に何とかしようとする心。それが大和魂だとクラマーさんは言ったんですよ」

 日本サッカー協会のオファーを引き受けたときから、おそらくクラマーさんは独学で日本の歴史や文化を学んできたのだろう。そう考えれば、ミーティングで意味不明な日本後を連発していた理由もうなずける。

「ツァンシン」

 一部の選手たちは「三振」を連想させながら、必死に笑いをこらえていた。

「オッサン、野球の話をしているぜ」

 実は違った。ドイツ人は「ザ」と発音するところが、どうしても「ツァ」となってしまう。クラマーさんは「ザンシン」を、つまり「残心」の精神を選手たちに求めていたのだ。

 武道においてよく使われる「残心」は、攻撃した後も心を途切れさせることなく、相手の反撃や予期せぬ事態に対して緊張感を持続させる心構えを意味する。

 シュート練習における選手たちの動きに、クラマーさんは特に不満を抱いていた。

「シュートがバーやポストに当たってはね返ってきても、誰一人としてボールに詰めようとしない。お前たちにはツァンシン(残心)がないのか」

 外国人目線、あるいは当時の日本には存在しなかったプロの目線で、ただ単に託された仕事をまっとうしても成功しない。歴史も文化も異なる選手たちを、絶対に成長させてみせる。当時35歳だったクラマーさんが胸に秘めた決意と情熱が、事前に「大和魂」と「残心」を学んでいた姿勢からも伝わってくる。

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