天皇杯元日決勝がもたらす弊害。拭えぬ不公平感、オフ期間に2ヶ月差がつくことも

2015年12月29日(Tue)9時01分配信

text by 藤江直人 photo Getty Images
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伝統の尊重か、時代に即した変化か

 こうした状況を解決する最大の近道は、チャンピオンシップ終了をもってシーズン終了とし、いっせいにオフに入るスケジュールを組むしかない。そのためには、天皇杯決勝の元日開催を変更する必要がある。

 天皇杯決勝は1968年度の第48回大会から、元日に国立競技場で決勝を開催するようになった。メキシコ五輪で日本代表が銅メダルを獲得した余韻が色濃く残るなか、不世出のストライカー釜本邦茂を擁するヤンマーディーゼル(現セレッソ大阪)が三菱重工(現浦和レッズ)を1対0でくだした。

 元日決勝は興行的にも成功。日本サッカー協会に財政面で安定化をもたらしたことで、1972年度の第52回大会からのオープン化実現に至った背景がある。第48回大会は全国でわずか8つだった出場チーム数が、第52回大会で75、1974年度の第54回大会は1105と爆発的に増えていった。

 1993年のJリーグ発足以降は、プロとアマチュアが戦う唯一の大会となる。1996年度の第76回大会からは高校生年代の第2種登録チームにも門戸を開放(現在第1種登録のチームのみが参加可能)。J1王者の横浜F・マリノスを相手に市立船橋高校がPK戦までもちこんだ一戦や、柏レイソルと千葉県予選を勝ち抜いた柏レイソルU‐18が激突した一戦が生まれた。

 日本サッカー界の「冬の時代」と呼ばれた1970年代から1980年代にかけて、天皇杯決勝は元日の風物詩として完全に定着する。積み重ねられてきた不断の努力に対する畏敬の念が、依然として強いのだろう。主催する日本サッカー協会内には、決勝の元日開催に対するこだわりが強く残っている。

 すでに2017年度大会の概要も発表されていて、元日決勝は変わっていない。そのうえで、今年度は8月下旬だった1回戦の開催時期を4月に大きく前倒しして、加えて国際Aマッチデーには天皇杯を開催しないことも確認された。

 今年も4回戦までは国際Aマッチデーに開催された関係で、日本代表選手は出場していない。天皇杯そのもののグレードをアップさせたいという狙いが、大会期間の長期化からも伝わってくる。

 歴史や伝統を大切にしたい思いは十分にわかる。しかし、時代の流れに即した施策を打たなければならない。現状のままでは最も大切なJリーグの選手たちに、十分な休息間を与えられない状況が続く。蓄積された疲労はパフォーマンス低下の要因となり、大きなけがを導きかねないリスクをもたらす。

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