日本代表が世界基準を導入したファルカン監督時代。フラット型4-4-2の試みは短命に【西部の4-4-2戦術アナライズ】

2016年08月03日(Wed)10時19分配信

シリーズ:西部の4-4-2戦術アナライズ
text by 西部謙司 photo Getty Images
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技術、戦術、フィジカル。どれも要求水準を満たせず

当時の日本代表でエースだった三浦知良
当時の日本代表でエースだった三浦知良【写真:Getty Images】

 ファルカン監督が目指した戦術は、現在の代表選手たちなら問題なく実行できただろう。しかし、当時の日本代表にとってはあまりにも要求が高すぎた。ファルカン監督下でもプレーした柱谷哲二によると、「オフトよりも要求が高く、選手のレベルには全く合っていなかった」という。

 ファルカン監督は当初、若手を大量に招集して話題になっている。4年後のワールドカップを目指して世代交代を図る狙いがあったわけだが、指向するサッカーをやるには体力のある選手を集めたいという事情もあった。

 オフト前監督時代のメンバーの多くが外れ、スタメンクラスで残ったのは柱谷、三浦知良、井原正巳ぐらい。とりあえずフィジカル的に能力の高い若手を招集し、4年かけて形にしていくつもりだったようだ。

 しかし、いざ集めてみると監督の要求には全く応えられなかった。オフト前監督はメンバーを固定していた。オフトの戦術理論はメディアを通じて広まっていたとはいえ、直接指導を受けた選手は一握りだ。その選手たちも招集外、Jリーグに出たての若手にいきなり最先端の戦術をこなせというのが無理な話である。

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