日本代表が世界基準を導入したファルカン監督時代。フラット型4-4-2の試みは短命に【西部の4-4-2戦術アナライズ】

アトレティコの躍進を受けて、復活の感がある4-4-2システム。Jリーグで頻繁に採用される一方で、意外にも日本代表ではそれほど使われてこなかった。だが、日本代表が最先端の4-4-2システムを導入していた時代がある。短命に終わったファルカン監督時代だ。当時のサッカーを改めて振り返りたい。(文:西部謙司)

2016年08月03日(Wed)10時19分配信

シリーズ:西部の4-4-2戦術アナライズ
text by 西部謙司 photo Getty Images
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世界基準だったファルカン監督

日本代表監督を務めたパウロ・ロベルト・ファルカン氏
日本代表監督を務めたパウロ・ロベルト・ファルカン氏【写真:Getty Images】

 94年米国ワールドカップ予選で敗退した後、オフト監督が辞任。新監督に就任したのはブラジル人のパウロ・ロベルト・ファルカンだった。ファルカン監督は現代的な4-4-2を日本代表に導入している。完全ゾーン、中盤はフラット型の横並び。機能的には現在の4-4-2に近い。

 ファルカンはブラジルのインテルナシオナルやASローマ(イタリア)で活躍した名手で、82年スペインワールドカップではジーコ、ソクラテス、トニーニョ・セレーゾと組んだ「黄金の4人」の1人として大活躍した。

 指導者としては1年ほどブラジル代表監督を務めたが、そのときのコパアメリカ準優勝という実績しかない。現役引退後にイタリアでテレビの解説者として人気があった。ACミランがゾーンディフェンスとプレッシングを組み合わせたサッカーで世界的な注目を集めていた時期であり、ファルカンが日本に導入しようとしたのもそのスタイルだった。

 ところが、ファルカン監督は活動期間わずか9ヶ月で事実上解任されてしまった。アジア大会を入れても9試合しかやっていない。当時の最先端の戦術を導入しようとしたのだが、それが現状とかけ離れすぎていた。

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