横浜F、選手バス運転手が体験したクラブ消滅「途端に腑抜けになってしまった」【フリューゲルスの悲劇:20年目の真実】

2017年08月10日(木)10時29分配信

シリーズ:フリューゲルスの悲劇:20年目の真実
text by 宇都宮徹壱 photo Tetsuichi Utsunomiya
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天皇杯決勝・清水戦はピッチレベルで見ていた

 準々決勝から準決勝までは中3日だったので、関西までゲルバスを走らせて僕は現地で待機していました。ドライバーにはもったいないくらい、立派なホテルに泊まらせてもらった記憶があります。ちょうどクリスマスの時期だったので、ツリーのイルミネーションがきれいでしたね。

 この間、ずっと「負けたら終わり」を覚悟しながら仕事していましたよ。もちろん、選手の皆さんも必死でした。サンちゃん(セザール・サンパイオ)が相手のタックルを受けて、4~5針縫ったのを見ています。

 アツさん(三浦淳宏)も膝をやられて、痛み止めの注射を打ってもらいながらプレーしていましたよ。今でも強烈に覚えていますね。

 そんなこんなで、元日の決勝戦にコマを進めることになりました。フリューゲルスは、その5年前(93年)の天皇杯で優勝していますけど、僕がゲルバスの仕事をする少し前の話ですから、僕にとっては初めての晴れ舞台ですよ。

 年が明けてホテルではおせち料理が出るんだけど、もちろん正月気分に浸っているやつはひとりもいなかった。国立競技場に向かうバスの中で「今日がラストランになります。皆さんもどうか悔いのないように」とアナウンスしたのは覚えています。

 で、国立に到着したら、ある選手から「山田さん、ユンケル買ってきて」って言われてね(苦笑)。ギンギンに気持ちを高めたかったんでしょうね。代々木駅あたりまで駆けずり回って探してきましたよ。

 決勝戦も普通にロッカールームに入れてもらって、アップが終わったユニフォームなんかを片付けていましたよ。本当は単なるバスの運転手が手伝っているだけなんだけど、警備の人から咎められたことはなかったですね。

 試合はピッチレベルで見ていましたよ。もちろんベンチではなく、マラソンゲートのあたりにいいポジションがあるの。そこでしゃがんで見ていた。

 こっちも必死だけど、相手(清水エスパルス)も必死。清水観光のドライバーとは仲が良かったし、いろいろ親切にしてもらったけど、この日ばかりは絶対に負けられないっていう気持ちでしたよね(笑)。

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