横浜F、選手バス運転手が体験したクラブ消滅「途端に腑抜けになってしまった」【フリューゲルスの悲劇:20年目の真実】

かつて、横浜フリューゲルスというJクラブがあった。Jリーグ発足当初の10クラブに名を連ねた同クラブは、1999年元日の天皇杯制覇をもって消滅。横浜マリノス(当時)との合併が発表されてから2018年で20年となる。Jリーグ発足から5年ほどで起きたクラブ消滅という一大事件を、いま改めて問い直したい。(取材・文:宇都宮徹壱)

2017年08月10日(Thu)10時29分配信

シリーズ:フリューゲルスの悲劇:20年目の真実
text by 宇都宮徹壱 photo Tetsuichi Utsunomiya
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あえて署名活動に参加しなかった理由

横浜フリューゲルスの選手バスドライバーを勤めていた山田慎吾氏
横浜フリューゲルスの選手バスドライバーを勤めていた山田慎吾氏【写真:宇都宮徹壱】

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 フリューゲルスとマリノスの合併が発表された時、まだリーグ戦は残っていましたよね? 横浜国際(セレッソ大阪戦)、ビッグアーチ(サンフレッチェ広島戦)、三ツ沢(アビスパ福岡戦)、厚別(コンサドーレ札幌戦)ですか。

 ああ、思い出してきた。札幌戦は、羽田の駐車場にバスを停めて、そのまま選手の皆さんと飛行機に乗って、羽田に戻ってきたらダッシュしてバスのハンドルを握っていましたね。

 まあ、ドライバーがわざわざ行く必要もなかったかもしれないけど、すでに「チームの一員」みたいな感じになっていたから(苦笑)。相変わらず、ロッカールームで一緒に円陣を組んでいましたし。

 選手の皆さんが「横浜駅で署名活動をする」っていうんで、何度かバスで練習場から運んだことはありますよ。でも、僕自身が積極的に何か活動をしていたかというと、あんまりでしたね。やっぱり出向の身だし、どこか他人事というか「あまり踏み込むべきではないよね」というのはあったかもしれない。

 だから僕は署名活動よりも、ひたすら自分の職務のことばかり考えていたように思います。それにリーグ戦が終わって天皇杯になったら、自分の仕事もそこで終わりじゃないですか。だからこそ、ドライバーとして最善の仕事をすることを第一に考えていたんじゃないかな。

 天皇杯は、全部の試合でチームに帯同しました。博多(大塚FC戦)と鳥取(ヴァンフォーレ甲府戦)は、札幌の時と同じように羽田までバスを乗り付けて、一緒に現地まで行きました。

 準々決勝のジュビロ(磐田)戦の前、選手やスタッフの皆さんにゲルバスの車体にサインしていただきましたね。リーグ戦では自走するのは名古屋までだったけど、準々決勝以降はゲルバスで会場入りすることが決まったんです。

 そのまま勝ち続ければ、神戸ユニバー、長居、そして国立。自分でも、あと3試合は仕事をするつもりでいました。ていうか、あまり負ける気がしませんでしたね。

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