横浜F、選手バス運転手が体験したクラブ消滅「途端に腑抜けになってしまった」【フリューゲルスの悲劇:20年目の真実】

2017年08月10日(木)10時29分配信

シリーズ:フリューゲルスの悲劇:20年目の真実
text by 宇都宮徹壱 photo Tetsuichi Utsunomiya
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できればゲルバスを買い取りたかった

ゲルバスと呼ばれていた横浜フリューゲルスの選手バス
ゲルバスと呼ばれていた横浜フリューゲルスの選手バス【写真:宇都宮徹壱】

 そもそもゲルバスって、ものすごくお金がかかっていたんですよね。僕が聞いた話では、税金も入れて6500万円。ちなみにヴェルディのバスは、ユニフォームのデザインなんかを手掛けたコシノジュンコさんが内装をやったらしいんだけど、それでも4500万円くらいだったそうです。

 こっちは選手のコンディション維持のために、お金をかけていた感じでしたね。CDが20枚入るデッキを3台ぶっこんでいました。座席も航空機のリクライニングシートをイメージしていて、全部倒れるようになっていた。ですから移動中も、選手の皆さんは快適だったと思いますよ。

 実は僕ね、ゲルバスを自分で買い取ろうと思ったことがあったの。1000万円しか用意できなくて諦めたんだけど、あとで聞いたら1500万円で流れたらしい。あと500万円くらいなら、何とでもなったのになあって。ゲルバスには愛着もあったけど、それ以前に職業ドライバーとして考えたときにね、サッカー関係でなくても一般観光で十分にペイできると思ったの。そんなに長くないハンドル人生であってもね。

 それにあのバスだったら、どこに出しても恥ずかしくないっていう自負もあったし。フリューゲルスのファンの人たちも、あのバスのその後を気にかけている人たちがいるみたいで、「ゲルバスを見にいこう」っていうツアーもあったと聞いていますよ。

 僕にとってのフリューゲルスですか? まあ、ありきたりかもしれないけど「プロの集団」だったね。一度、渡邉一平の足の親指を見たことあるんだけど、何度も踏まれたんだろうね、デコデコになっていて。それくらい彼らは頑張っているわけじゃないですか。

 僕もドライバーのプロとして頑張ってきたけど、やっぱりスポーツのプロっていうのは違うなあと思いましたね。プロを相手に仕事をしてきた5年間は、ですから毎日ずっと気が張っていましたよ。突然それが終わってしまったから、途端に腑抜けになってしまいました(苦笑)。

 その後、タクシー稼業を5~6年くらい続けましたけど、還暦前に何の未練もなくハンドル稼業とはオサラバしましたね。

(取材・文:宇都宮徹壱)

【了/文中敬称略】

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