なぜ山口素弘は横浜Fについてこれまで一切語らなかったのか【フリューゲルスの悲劇:20年目の「真実」】

2018年03月26日(Mon)10時20分配信

シリーズ:フリューゲルスの悲劇:20年目の真実
text by 宇都宮徹壱 photo Getty Images,Tetsuichi Utsunomiya
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一瞬だけ「清水が追いつけばもう少しプレーできるな」って思いました

 博多でやった(天皇杯初3回戦)大塚FC戦は厳しい戦いでした。トーナメント初戦の緊張感もありましたが、負けたらそこでチームが無くなるわけですからね。その瞬間を撮ってやろうというメディアの多さも、独特の雰囲気を醸し出していました。4-2で勝ちましたが、ちょっと危なかった。

 次のヴァンフォーレ甲府も、当時はJクラブではなかったから、やりにくさみたいなのは感じていました。逆に準々決勝の磐田、準決勝の鹿島は、どっちも強豪だけどリーグ戦で対戦していましたからね。しかも、そんなに悪い戦いをしていなかったので、心配はしていなかったです。

 ただ、鹿島戦でサツが退場になったのは痛かったです。外国人の主審でしたよね(レスリー・モットラム)。ファウルの基準がちょっとわかりづらくて、正直なところ苦手でした。決勝には出られなくなりましたが、サツがずっとチームに帯同していたのはありがたかったです。

 ムードメーカーというわけじゃないけど、キャプテンである僕のことをいじれるのはあいつくらいでしたから(笑)。僕、こう見えて人見知りするところがあるし、仏頂面していたから、若い選手にはとっつきにくかったと思う。そういうのを上手く中和してくれたのがサツでした。決勝の前日も、一緒に練習やランニングをしていましたね。

 決勝の清水戦は負ける気がしなかったですね。ただ、前半はウチが風下で確かに緊張感もあった。加えて、清水は非常にいいコンディションでした。先制されましたが、前半のうちに同点に追いつけました。サツの代わりに入った(原田)武男もしっかり守ってくれていました。後半、吉田(孝行)の勝ち越しゴールが決まって2-1。

 このまま試合が終われば優勝なんだけど、一瞬だけ「清水が追いつけば(延長戦になって)もう少しフリューゲルスでプレーできるな」って思いました(苦笑)。そういう感覚って、当事者でないとわからないと思いますけどね。

 終了のホイッスルが鳴る頃には、ずっとボールを追いかけていました。「試合が終わったら、あれを絶対に家に持って帰るんだ」って、そればかり考えていました。それで(終了後)ボールを抱えていたら、主審の岡田(正義)さんに「決まりだから、いったんこっちに渡しなさい」って言われましたね。だから「絶対にあとでくださいね!」って約束してもらいました。

 天皇杯のトロフィーは、サツと一緒に掲げました。やっぱり同期で、一番長く苦楽を共にしましたから。実はあの時、手すりの上に立っていたんですよ。フリューゲルスの存在を誇示するためでした。危なかったけどね(笑)。

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