「マイアミの奇跡」。歓喜と絶望の5日間が日本サッカー発展の架橋に【日本代表平成の激闘史(3)】

2019年05月14日(Tue)10時00分配信

シリーズ:日本代表平成の激闘史
text by 元川悦子 photo Getty Images
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交代策が窮地を救う。しかし…

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日本代表はグループステージ3位に終わり、8強入りを逃した【写真:Getty Images】

 この状況のまま時間は刻一刻と過ぎていき、敗色濃厚となった後半終了間際、西野監督は上村健一を投入。その上村が直後の前園のCKをドンピシャのタイミングで合わせてゴール。2-2の同点に持ち込む。

 そしてロスタイムには前園が伊東の右クロスに飛び込み、滑りながら左足シュートを決め、逆転に成功。キャプテンの意地を見せると同時に、決勝トーナメント進出の道を切り開いたかと思われた。

 しかし、タイムアップの瞬間に飛び込んできた情報は「ブラジルがナイジェリアに1-0で勝った」という皮肉なものだった。日本は勝ち点6を挙げながら、2位のナイジェリアに得失点差で2及ばず、3位で終わり、8強入りの夢は叶わなかった。初戦白星というアドバンテージを生かしきれなかったことは西野監督や選手たちを大いに落胆させた。

 ただ、28年ぶりにアジア予選を勝ち抜いて五輪本大会に出場し、ベベットやリバウド、オコチャをはじめとする名だたる選手たちと対峙した経験は、彼らにとって非常に大きな財産となったに違いない。だからこそ、川口や前園、城、中田らはいち早く98年フランスワールドカップに目を向けることができた。彼らの経験値がA代表に還元された部分は少なくなかった。

 そして、西野監督自身もこの修羅場をくぐったからこそ、22年後のロシアワールドカップで思い切った采配を振るえたはず。指導者を大きく育てた点でもアトランタ五輪は日本サッカー界に大きな意味をもたらしたと言っていい。

(文:元川悦子)

【了】

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