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Jリーグ 5年前

マンC戦、マリノスはグアルディオラを本気にさせた。半年前はJ3、GKパク・イルギュが体感した世界との差

横浜F・マリノスは27日、EUROJAPAN CUP 2019でマンチェスター・シティと対戦した。シティ・フットボール・グループの中で哲学を共有する両チームの歴史的な一戦。1-3で敗れたものの、マリノスの選手たちは名将ペップ・グアルディオラの前で大いなる可能性を示した。半年前までJ3でプレーしていたGKパク・イルギュの視点で、シティと刃を交えた経験が持つ意味を考察する。(取材・文:舩木渉)

text by 舩木渉 photo by Getty Images

ただの親善試合で、ペップは本気になった

ペップ・グアルディオラ
若手選手に熱血指導するマンチェスター・シティのペップ・グアルディオラ監督【写真:Getty Images】

 Jリーグのクラブが、ペップ・グアルディオラの勝負師としての魂に火をつけた。27日に行われたEUROJAPAN CUP 2019で、横浜F・マリノスはマンチェスター・シティに1-3で敗れた。しかし、一度は自力で追いつくなど、トリコロールの軍団はプレミアリーグ王者に肉薄したのである。

 シティにとってはプレシーズンマッチ、マリノスにとってはシーズン中の練習試合ということもあり、交代人数は無制限だった。とはいえカードを切るタイミングは、ハーフタイム、65分頃、75分頃の3度までと事前に取り決められていた。

 そんな中、ペップは後半開始直後に選手たちに疲労を考慮して65分の予定を55分に早めることを、第4審判に伝えていた。その様子はDAZNの中継映像でも詳しくリポートされている。だが、実際にシティの最初の交代は60分で、切られたカードはたったの2枚。フィル・フォーデンとイルカイ・ギュンドアンが投入されたのみだった。

 結局シティは75分と82分にも交代選手を送り出したが、ベンチ入りさせていた下部組織所属選手はほとんど使わず。GKのクラウディオ・ブラーボをはじめ、ジョン・ストーンズとアイメリック・ラポルトのセンターバックコンビ、中盤の底に構えるロドリの組織の中核を成す4人はフル出場させて勝ち切った。

 一方のマリノスから見れば、そのパフォーマンスがシティに認められたと言って差し支えないだろう。相手が本気モードのまま戦ったことによって、個々のコンディションにバラつきのあるプレシーズンマッチとはいえ、世界のトップレベルを多くの選手が体感することになった。

 前日会見で筆者はペップに「似た哲学を持つチームと戦う経験はあまりないと思うが、シティとしてマリノスにどういった違いや差を見せていくか」と問うたが、「チケットは持っているか? 明日の試合で見ることができるだろう」と、あっさりかわされてしまった。

パク・イルギュが体感した「世界」

 結局その「違い」や「差」とは何だったのか。試合を終えてマリノスの選手たちは、それぞれ様々な価値ある収穫を得ていたようだった。GKのパク・イルギュは、序盤からシティの実力を肌で感じて、「頭をフル回転させていた」という。

「どうにか打開するために、何かしなきゃと頭をフル回転させていたので、このプレッシャーがくるときにどうしたら繋げられるかとか、正直楽しいまでいかなかったですね」

 マリノスは試合開始から、いつも通りの戦いでシティ相手に真っ向勝負を挑んだ。後方から短いパスを繋いで崩していこうとする。だが、序盤はGKとセンターバックの間でのパス交換すらままならない。中盤までボールを運べないのである。

「相手のスピードに慣れるまで、最初の15分、20分は死ぬほどきつかったですね。Jリーグのチームであそこまでプレッシャーをかけてくるチームはないし、あんなにプレッシャーをかけてきても絶対に剥がせるはずなんですけど、剥がせない、食われてしまう。プレッシャーの強度はすごく強かったし、そこに慣れるまでに時間がかかってしまって押し込まれていたのは事実です」

 試合開始から約30秒でパクからの縦パスを奪われて、自陣ペナルティエリア内にシティの選手4人に対しマリノスはGK含めて3人という数的不利な状況を作られた。シティの3トップによる、人に対してアタックをかけるのではなく、選手間にポジションをとってスペースを支配するプレッシングに苦しめられた。

 中盤の喜田拓也と扇原貴宏もシティのインサイドハーフに見張られ、GKからセンターバックやサイドバックを経由したマリノスのビルドアップは機能不全に陥る。見た目はプレッシャーを受けていないように見えても、シティの選手たちの組織的な守備によって、ボールを持った選手の選択肢はことごとく消されていた。

 それでも相手の動きやスピードに慣れてくると、マリノスは徐々にボールを持てるようになった。だが、一瞬の隙をシティは見逃してくれない。18分、GKブラーボが蹴ったロングパスから一気に崩されてしまいデ・ブライネにゴールを許してしまう。マリノスは対応する時間すら与えてもらえなかった。パクは痛恨の十数秒間を次のように振り返る。

「(デ・ブライネが)切り返すことは想定していたんですけれど、ただシュートがめちゃくちゃ速かったです、正直言って。あんなインパクトでくるとは思っていなくて、反応していても遅れているので、それは世界との差なのかなと。むしろあれを止められるGKはいるのかなって、逆に聞きたいです。本当に世界でもあそこはぶち抜かれちゃうんじゃないかな」

名手ブラーボが「手の届く距離まで見えてきた」

パク・イルギュ
パク・イルギュ(右)はラヒーム・スターリング(左)との1対1で今までにない感覚を味わった【写真:Getty Images】

 2点目を決めたラヒーム・スターリングとの1対1も、世界レベルを突きつけられた。トップスピードの中の駆け引きで、イングランド代表FWに凌駕されるかけがえのない経験。Jリーグでは味わえないレベルに「止められるチャンスがあったので悔しい反面、こういうところを突き詰めていければもっと上で自分もステップアップしていけると感じた」。

「2点目の何がすごかったって、1対1の場面で止めるチャンスはあったと思うんですけど、スターリングがスッゲー俺のこと見ていたんですよ。ずーっと。普通だったらもうちょっとドリブルしたりとか、(自分の存在で)相手がもっと嫌がると思っていたんですけど、逆に自分の方をずっと見ていて、自分の間合いに持っていけなかったんですよね。

その結果、タイミングをずらされて、シュートも自分のすぐこの辺(右横)だったので、自分のタイミングでシュートストップしていたらもっと弾き出せるチャンスはあったと思うんですけど、それがやっぱり相手のペースに持っていかれて、世界のうまいストライカーってそういう対応をしてくるんだなと思いました」

 パクにとって、デ・ブライネの強烈な一撃のみならず、起点となったブラーボのプレーも脳裏に焼きついている。半年前までJ3でプレーしていた選手は、J1の選手として、憧れていた世界的名手とピッチ上で対峙することとなった。元チリ代表のベテラン守護神は身長183cm、パクは身長180cmと体格もそれほど変わらず、以前からそのプレーを参考にしていたという。

「元々自分はブラーボが結構好きで、バルサのときから見ていていました。ただ、あそこまで飛び出しが上手いとは正直思っていなかったです。すごく(シュートを)止めるのが上手という印象と、ビルドアップができると思っていたんですけど、あそこまで飛び出せるとは思っていなかったので、すごく参考になったゲームでした。それに並んでみても自分より3cmくらいしか身長も変わらないので、それでも世界でやれるんだなと。

やっぱりキックの質とかは別次元でしたね。しっかり低く蹴るところは低く蹴るし、ズレがないので、そういうところは突き詰めてやっていかないと世界では通用しないんだなと思いますし、自分がもっと上に行くんだったら、例えば1cmのズレがこういう相手とやるときは致命的になるとすごくわかった。そういうところをもっと突き詰めてやっていければ、今まで手の届かないところにあったものが、今日のゲームでで少しずつ手の届く距離まで見えてきました」

 ブラーボは怪我などの影響もあって昨季はコミュニティシールドの1試合しか出場していない。それ以前もシティでは“失格”を言い渡されていたGKだ。それでも先制点に繋がった、寸分のズレなくベルナルド・シウバへ届けるロングフィードの質や、ペナルティエリア外まで飛び出してディフェンスラインの背後をカバーする能力、至近距離のシュートをストップする瞬発力と反応速度、2点目の起点となったデ・ブライネへの素早い繋ぎと判断力……細かなプレーで随所に世界トップクラスの能力の高さを見せていた。

勝つために必要な信頼関係

 そして、ブラーボも含めたチーム全体が共有する信頼関係が、シティの組織としてのパフォーマンスを形成していると、パクは分析している。

「ブラーボとか、今日は来ていないエデルソンも、ボールを蹴れる技術がなきゃダメだと思うんですけど、周りの動きもすごく大事で、すごく流動的に動いていたんですね。シティの選手は常に(パスを)もらえるところに顔を出している。

多少プレッシャーを受けても、『こいつにこういうボールを出したら前を向ける』だとか、たぶん信頼関係がしっかりできているからこそああいうプレーができるんだと思います。そういうところはマリノスにもありますけど、こういう相手になると、どこか食われちゃうんじゃないのかとか、そういうメンタル的にきつくなってくるシーンがあったので。自分も縦パス1本で一気にいくのは嫌いではないですけど、でもこの相手にそれをやることによってどうなるかというのが未知でした。

もちろんブラーボが上手というのもあるんですけど、周りがパスを受けられるポジションを常に取り続けないといけないので、自分がどうかというのも大事ですけど、チーム全体として『そういうプレーをしたいんだったら、こういう動きをしようね』というのが、もうちょっと確立されていかないと、ああいう(1点目や2点目のような速攻の)シーンは出てこないと思う。

マリノスはそういうシーンって逆にあまりないんですよね。しっかり下(自陣)から繋いで、組み立てながらいくので。またちょっとシティとは攻め方が違うから何とも言えないですけど、でもチャンスがあるなら、ああいうの(ロングパス1本で崩すようなプレー)はやりたいです。簡単ですもんね。あれでパーンと蹴って、縦パス1本で終わりですから。理想ですよね。ああいうところが通るんだというのは自分も思ったので、参考にしていきたいなと思います」

悲願のリーグ優勝へ。引き上げられた基準

 ペップはマリノスとシティに「似たような哲学がある」と表現したが、両チームのスタイルは似ているようで異なる。シティはピッチ全体の選手の位置関係で優位な状況を作り、時にロングボールなども織り交ぜながらダイナミックにゴールに迫っていく。

 一方、マリノスはGKからショートパスを丁寧につなぎ、全体を相手陣内に押し込んだうえで崩していく形が多い。シティ戦でもそのスタイルがある程度通用することはわかったが、より高いレベルに到達してタイトルを獲得するには、彼らのような高みを意識して戦い方の幅を広げていく必要がある。

 間違いなくシティ戦を経て、マリノスの選手たちの頭の中にあるプレーの基準は引き上げられた。パクも「しっかり足もとにピタッとボールを蹴れれば、相手のプレッシャーを無効化できる」と、GKから展開するロングフィードの重要性を「練習すれば身につくし、どんなところでも打開できる」と再確認した。そして、その精度をより高めて、強固な信頼関係を構築していくことの必要性にも気づくことができた。

 マリノスのアンジェ・ポステコグルー監督は「シティと戦う経験、その時間を無駄にして欲しくない」と語っていた。その言葉通り、1-3の敗戦には大きな意味があった。選手たちが体で感じた世界との差、自分たちのプレースタイルへの自信……それら全てが悲願のリーグ優勝に向けたエネルギーとなる。日産スタジアムのピッチの上には、「いい経験」では収まらない無限の可能性が広がっていた。

(取材・文:舩木渉)

【了】

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