オシム氏「私が興味を持ったのは…」。そのサッカー哲学に影響を及ぼした人物とは【フットボールと哲学・後編】

発せられる言葉すべてが哲学的とも言えるイビチャ・オシム氏は、現在のサッカー界、そして日本サッカーをいかに俯瞰しているのか。〝フットボールと哲学〟というテーマの、8/6発売『フットボール批評 isuue25』から、一部を抜粋して発売に先駆けて前後編で公開する。今回は後編。(取材・文:木村元彦)

2019年08月02日(Fri)10時30分配信

text by 木村元彦 photo Dragana Spica
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「彼はすばらしく頭が切れた」

前編はこちら

イビチャ・オシム
元日本代表監督のイビチャ・オシム氏【写真:Dragana Spica】

――哲学が先か、現象が先か。形而上学か形而下学か。ベルギー戦での最後の失点についてはどう考察しますか。ショートコーナーを選ばなかった本田のボールの入れ方、ムニエへの対応、デブルイネに正対した山口のケアーの仕方……。ルカクのスルーやそもそもがデブルイネを走らせてしまったことを見ても狙われたような感じでした。

「あの時間帯の味方のセットプレーからカウンターを食らっての失点は致命的だった。結果論という言い方もできるかもしれないが、あれは起こしてはいけない。そもそも結果からサッカーの哲学は考えるものでもある。もしも事件が起こったのなら説明を加える必要がある。

 サッカーでは多くのことが、正解が無く不明になる。個々の選手を批判しても仕方の無いことだ。人は忘れてしまうのだ。選手は間違いを犯しうるということを。だからこそ尺度となる哲学が必要だろう」

――シュワーボのサッカー哲学に影響を及ぼした人物はいますか? あえて名前をあげるとすると。

「私はヨハン・クライフが考えていたことに興味を持った。彼はすばらしく頭が切れた。現役時代から類希な選手で技術も体力もあった。あのオランダ人は、あれほど上手いのにサッカーをしながらテクニック自慢に溺れず、なぜ相手にボールを奪われるのか、なぜゴールを決められてしまうのか、それをいつも真剣に考えていたのだろう。

 彼の最初に到達した哲学は相手にボールを渡さず、できるだけ長くポゼッションをするということだった。ボールを失わなければ失点はしない。オランダ人はトータルフットボールを作り出し、そして始めた。さらにクライフはバルセロナでティキ・タカを創造した」

(取材・文:木村元彦)

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『フットボール批評issue25』

定価:本体1500円+税

今号は「哲学」をテーマにフットボールの最前線を探究する。
哲学なきフットボールは早晩淘汰されるものだが、哲学があるからといって勝てないのもまたフットボールだ。
テクノロジーや分析の進歩によって、ピッチ内外での情報戦は熾烈を極めている。監督や選手、審判の失態は瞬く間に暴かれてしまう。
そんな殺伐とした時代にあって、明確な哲学を感じさせるフットボールは何よりも尊い。
現実にただ流されていては面白くないと教えてくれるからだ。
今号ではそんなフットボールの荒波をしなやかに泳いでいく賢人たちの言葉に耳を傾ける。

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【了】

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