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Jリーグ 5年前

大分トリニータの「擬似カウンター」はどのように生まれたのか? 片野坂監督に聞く驚異の手腕【インタビュー後編】

わずか3シーズン前、J3にいたチームの大躍進をいったい誰が予想できただろうか。片野坂知宏監督率いる大分トリニータはまさに破竹の勢いでJ1へ駆け上がった。 V字回復の立役者、片野坂知宏監督はいかにしてJ1で通用する戦い方を浸透させたのか。 監督の哲学と異質なサッカースタイルの核心に迫るインタビューを行った8/6発売の『フットボール批評 isuue25』から、一部抜粋して前後編で公開する。今回は後編。(取材・文:西部謙司)

text by 西部謙司 photo by Editorial Staff

「勝ち点1の試合を3に、0の試合を1に」

片野坂知宏
大分トリニータを率いる片野坂知宏監督【写真:編集部】

前編はこちら

――現在の大分のやり方は、ミシャ式そのものでもないですよね。

片野坂 はい。ベースはミシャさんですが、少し変えていたりポジショナル・プレーの要素を強くしたりはしました。

――ミシャ式の可変型を導入するにあたって、原理原則と形のどちらが先でしたか ? 原理に従っているうちに形になったのか、それとも形から入って行ったのか。

片野坂 最初は形からですね。3-4-2-1からボランチが下がって4-1-4-1になる。相手が4-4-2の場合は有効ですから。相手が3バックでミラーゲームになった場合でも変化して4-1-4-1なので安定はします。ただ、ベースの形はありますが、常にボールを保持している選手の状況によって正しいポジショニングは何かを伝えていて、実行してもらっています。

――GKがディフェンスラインに入ってビルドアップするのはJ1でも特異な形ですね。

片野坂 高木駿のパス精度があるので可能になっています。もちろんリスクもあるのですが、11対10になる面白さがあり、相手が高木へプレスしたときはフリーマンができるので、そこをしっかり使えれば相手のプレスも外せるということでトライしています。

――現在のやり方を使うメリットは何でしょうか。

片野坂 J1とJ2ではプレーの強度が違います。90分間の強度、交代選手のレベルが落ちないことも含め、J1は非常に厳しいリーグと認識しています。うちは強力な外国籍選手などの個はないので、グループとして戦わなければいけません。ある意味、うまく見せて戦うチームプレーが必要で、それで勝ち点1の試合を3に、0の試合を1にしていくことにトライしています。

「メンタルを作っておくことが大事」

――完成度高く3-4-2-1の可変式でプレーしていますが、ここまで来るのにいくつかのハードルが あったと思います。

片野坂 J2のときにアウェイのヴァンフォーレ甲府戦に2-6で大敗したことがありました(2018年、第16節)。自陣でのつなぎをことごとく狙われて完全にはまってしまった。次の試合(第17節、ロアッソ熊本戦)も怖がらずにトライしようとは言いましたが、同時に蹴ってもいい、逃げてもいいよということも言いました。

 自分がつなぐことにこだわっていたので、選手たちにもボールを失いたくないというプレッシャーがあったと思うんです。なので、蹴るなら蹴ってもいいから相手の背後のスペースへ蹴ろうと。 90分間では相手の圧力も弱くなりますから、そのときはしっかりつないでいこうと。選手には少し逃げ道を作りました。それで回復した。

 甲府に完敗したときに、ちょっとつなぐのは厳しいかなとも思ったのですが、守備のチームにはしたくなかったので。J1に上がっても、ある程度保持できないと降格してしまうだろうという考えがありました。先を見ていく中で、我慢して勇気を持ってトライするようにしました。

――蹴ってもいいよと言ってしまうと、蹴るほうを優先していってしまいがちですが、歯止めはどうしたのですか。

片野坂 確かにそういうところはありました。つなげそうなときでも蹴ってしまう。でも、認めるわけではないですが、それでいいと。相手の圧力も90分間は続かないので、つなげる時間は必ず来ます。落ち着いてプレーして自分のリズムでプレーできるメンタルを作っておくことが大事と考えてそうしました。大敗した後だったので、まずはメンタルでしたね。

(取材・文:西部謙司)

▽片野坂知宏(かたのさか・ともひろ)
1971年4月18日生まれ。鹿児島県出身。現役時代は広島、柏、大分などでプレー。指導者のキャリアは07年G大阪のコーチから始まり、10年広島のコーチ、14年からG大阪のヘッドコーチを経て、16年に当時J3 だった大分の監督に就任した。1年でJ2復帰、17年にはJ2で9位、昨季J1昇格を達成した。

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