マリノスGK杉本大地は「1回死んだ」。控えGKの苦悩、どん底から這い上がった26歳の覚悟

サッカーにおいて控えGKは光の当たらない存在だが、実は非常に重要な役割を担っている。ピッチに立つ11人のパフォーマンスをも引き上げることのできる影響力を持っているのだ。横浜F・マリノスでは在籍3年目の杉本大地が、数々の苦難を乗り越えた末にチームの窮地を救う存在へと成長を遂げた。(取材・文:舩木渉)

2019年09月03日(Tue)11時32分配信

text by 舩木渉 photo Getty Images
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控えGKがベンチで準備することの意味

杉本大地
横浜F・マリノスのGK杉本大地【写真:Getty Images】

 サッカーにおいてGKは孤独なポジションだと言われる。ピッチに立つ22人のうち2人だけしかグローブをはめる資格は与えられない。各チームでは3人ないし4人が競争を繰り広げ、たった1つしかない枠を奪い合う。正守護神が1人決まってしまえば、シーズンを通して序列が覆ることは滅多にない。

 だからと言ってGKがチームに1人いれば大丈夫なわけではない。常に複数の選手が共存しているからこそチーム全体がうまく回っていく。以前、ウェスタンシドニー・ワンダラーズを取材していた際、当時のレギュラーGKだったヴェドラン・ヤニェトヴィッチは言っていた。

「サブのGKがパーフェクトな準備をしてくれているからこそ、僕はピッチの上で全力を尽くすことができる。そういう意味で、僕が安心して100%を出し切れるのは、ジェラッドが常にプロフェッショナルな姿勢で完璧な準備をしてくれているからだ」

 ヤニェトヴィッチの言葉の中に出てきた「ジェラッド」とは、現在NPLヴィクトリア(豪州2部相当)に所属するGKジェラッド・タイソンのことだった。香港などへの移籍を挟んで計4シーズンにわたってウェスタンシドニーに在籍していたタイソンは、基本的には常に控えGKとしてベンチに座っていた。

 にもかかわらずファンからはカルト的な人気を誇る選手でもあった。「いつアクシデントが起きて出番が回ってきても大丈夫なよう、常に準備しておくのが僕の仕事。もちろん試合には出たいけれど、チームの勝利が一番だし、それに少しでも貢献できれば本望だ」と語っていた控えGKは、真摯な姿勢と退団してもウェスタンシドニーのゴール裏に立って声援を送るようなチーム愛を隠さない情熱あふれる男としてファンに愛されていた。

 控えGKには仕事人気質で仲間のために力を尽くせる人物が向いているのかもしれないと、ACLの試合から帰国する直前の成田空港のロビーで話を聞きながら実感した。

 ところ変わって横浜でも、控えGKの存在が勝敗に直結することを強く感じた。横浜F・マリノスでは今夏、長年チームを支えてきた飯倉大樹がヴィッセル神戸へ移籍し、天皇杯で正守護神のパク・イルギュも負傷。そんな緊急事態で、GKチーム内で最も古株の杉本大地に出番が回ってきた。

「1回死んで、全てをリセットして、這い上がってきた」

 8月14日の天皇杯3回戦、横浜FC戦の後半途中にパクが負傷すると、杉本は約1年4ヶ月ぶりに公式戦のピッチに立った。「僕にとってはある意味人生を変えるチャンスだと思っている」と、26歳の守護神は言う。

 京都サンガF.C.、徳島ヴォルティス、マリノスと渡り歩いてきた杉本は、プロ入り以降、1年を通じてゴールマウスを守り続けたことがない。世代別代表では常連だったが、後一歩のところでリオデジャネイロ五輪出場も逃した。マリノスに加入して3年目、数々の挫折を乗り越え、大きなチャンスが巡ってきた。

「26歳までどこのチームでも一番手でやってきていないというのは、周りからの見え方は良くないですけど、自分の中でそこは1回リセットして、今与えられているチャンスがあるので、これを逃さないためにやるしかない」

 控えGKというのは本当に難しい。いつアクシデントがあってもいいよう、常に試合に出られる準備をしつつ、高いモチベーションを保ち続けなければならない。先発メンバーが頻繁に入れ替わるフィールドプレーヤーと違って、自分にいつチャンスが回ってくるかもわからない状況で士気を保つのは、年数を重ねれば重ねるだけ難しくなっていくだろう。

 杉本はマリノスに加入して3年目。初年度の2017年と2年目の2018年は飯倉大樹に、そして今年はパクと飯倉の高い壁が目の前にあった。特に昨年は限られた出場機会の中で犯してしまった大きなミスや、度重なる負傷にも見舞われ、「1回死んだ」という。

「(控えGKとして日々モチベーションを保つのは難しかった?)それはありますよ。やっぱりマリノスに入って、1年目にちょっとルヴァンカップとかに出させてもらって、2年目で『さあ行くぞ』というところでああいうミスが起こって……そこでメンタルも1回落ちたし、本当にちょっとこれからどうしようというのもあったので、そこで1回死んで、全てをリセットして、またここに這い上がってきたつもりなので、昨年の経験は無駄ではなかったと思います」

 昨年のルヴァンカップのグループリーグ第4節、アウェイでのFC東京戦で杉本は大きな挫折を味わった。開始1分、キックオフ直後のプレーでペナルティエリア外への飛び出すも、味方と交錯してしまい、相手のロングボールを処理しきれず。それが富樫敬真のゴールにつながってしまったのである。彼の言う「ああいうミス」とは、まさにこのプレーである。

受難の2018年。全ては「1分」に始まった

 そしてFC東京戦の38分に喫した2失点目の場面でもクロス対応で判断ミスがあり、続いてチャンスを得たルヴァンカップのグループリーグ第5節ベガルタ仙台戦でも不安定さが拭えないまま2-4の敗戦を味わった。この2試合の後、2018年は杉本に再び出番が回ってくることはなく終わった。

 夏場にはリーグ戦でもベンチを外れる試合があり、7月末に胸椎椎間板ヘルニアで離脱。さらに復帰後、10月中旬には練習中のアクシデントで左人差し指の脱臼と腱損傷を負って、リハビリ途中でシーズン終了となった。J1閉幕直後、杉本は受難の1年を次のように振り返った。

「今年は苦しいことしかなかったような…。苦しいことがあって、また立ち直って、また苦しいことが起こってみたいな、その繰り返しだったので。でもいろいろなことがあった中でも立ち直るメンタリティだったり、そういうところは鍛えられたというか、今後につながる経験ができた1年でした。

今年のキャンプはいい調子を維持できていて、ルヴァンカップは自分の中で結構入れ込んだ試合だったので、そこで大きいミスをして、立て直せずにまた次の試合でミスを重ねて、そこから試合に出ていないので、そこがダメージの一番大きい時でしたね。

ミスは誰にもあることで、それで受け止めて、どう吹っ切れるか。もちろんそれを受け止めて、何ができるかといったら2度と同じミスをしない、同じ思いをしたくないと思ったので、そこから練習量は意識して取り組みました」

 そんな矢先の負傷で「ヘルニアになった時は『またか』、今年は何かあるな」と落ち込んだが、すぐに切り替えて足りない部分のトレーニングに励んだ。そして「そろそろ花を咲かせたい。まだ僕の人生でまだ1年を通して試合に出たことがないので、そういう飛躍の1年にしたい」と覚悟を決めて、マリノスでの3年目のシーズンに臨むことになる。

 迎えた2019年。今季開幕時点で杉本の立ち位置は、飯倉とパクに次ぐ第3GKだった。それでもどん底から這い上がった彼は、腐らず懸命に努力を重ねた。

「正直、よそに行くことも考えていたし、その中で実際具体的な話が何もなかったので、そこで自分のレベルとかも知ったし、周りからの見え方とかもわかったので、マリノスで結果を出すしか自分の価値は上げられない、そういうつもりで今年はやってきました」

ピッチで示した努力の成果

 ベンチ入りする第2GKまでが全体練習に入り、グラウンドの隅でトレーニングに励むことになっても課題を克服するため地道にボールと格闘する。のちにSC相模原へ期限付き移籍することになる若手GK原田岳とともに、他の選手が誰もいなくなったグラウンドで居残り練習に汗を流す姿も日常だった。

 一度失ったであろう監督からの信頼も取り戻した。天皇杯の横浜FC戦での緊急出場に続き、リーグ戦のセレッソ大阪戦、名古屋グランパス戦、ガンバ大阪戦と3試合連続でゴールマウスを任されている。

 やはりGKが日頃の練習の成果を確かめるには、公式戦のピッチに立つ他ない。限られたシチュエーションの中で自分を磨くのではなく、あらゆる現象が起きる戦いの場に身を置いて、初めて本当の意味で日頃の取り組みが報われたかどうかがわかる。

 そういう意味で杉本は昨季の過ちから学び、過去を払拭するための日々からピッチに解き放たれて確かな成長を示した。飯倉やパクほど足もとの技術に優れているわけではないが、大きな身体を生かした彼なりの武器を生かしつつ、マリノスで求められるプレーを表現できることも証明した。

 昨季の大きなミスにつながったディフェンスラインの背後のスペースをケアする飛び出しには不安定さが消え、ビルドアップの局面でもパスで存在感を発揮する。そして元々の持ち味だった長身を生かしたクロス対応やシュートセービングも格段に向上した。J1デビューとなったセレッソ戦から、いずれの試合でもチームの窮地を救う絶好のセーブを見せた。

 ただ、公式戦ピッチに立つことで新たな課題も見つかった。J1では3試合連続で失点しており、いずれでも「GKが取らないといけない球だった」と悔やむ場面があった。ちょっとした判断基準のアップデートなのか、あと少し腕を伸ばせるようタイミングの取り方を改善するのか、実戦を経験することで得られた知見で自らの弱い部分をさらに向上させるチャンスだ。

戦う準備はできているか?

 杉本のような選手が常に100%の献身で準備を続けていたことによって、マリノスのGKたちはリスキーなプレースタイルでも全力を解放することができていたのは間違いない。加入から2年半、我慢の時を経て、ようやく杉本に大きくジャンプアップする時が来た。彼がさらにたくましく成長して勝利に貢献することで、GKたちの絆はより強くなり、J1優勝を狙うチームの総合力も高まっていくだろう。

「少なくともマリノスに来ての3年間、少しずつ積み上げてきたものは今ピッチで出ていると思うし、でもまだまだ出せるところもあるし、もっと成長したいと思うし、過信せずにイチからやっていきます。(試合を楽しめているか?)やっぱりまだ緊張もするし、試合自体を楽しめているかというと、怖さもある。経験を積んでいって、もっと視野が広くなって、もっと自分の色を出せるようになったら楽しくなるのかなと思います」

「ペナルティエリア内での強さというか、ハイボールだったりシュートストップは自分の持ち味だと思っているし、逆に足もとでつなぐところはウィークポイントだと思うので、それをできるだけなくしていって、ストロングポイントはもっともっと伸ばして、『杉本大地はこういう選手だ』というのをもっと確立していきたいと思います」

 パクの本格復帰まではまだ時間がかかる。それまでマリノスのゴールマウスに鍵をかけ、守っておくことが現時点で杉本に与えられたミッションだ。もし戦う準備のできた彼がいなければ、マリノスは早々に優勝争いからも脱落していただろうし、改めて控えGKの存在価値の高さを実感させられている。

 これからは一層激しくなる競争の中で、他のGKたちとも切磋琢磨しながら1つしかない正守護神の座を狙う。チームの窮地を救いはしたが、杉本の本格開花はまだまだこれから。「僕の中でもっと自分を高めて、もっとチームメイトに信頼されるような選手になっていかなきゃいけない」と語る26歳の守護神の眼には、固い決意と大きな覚悟が宿っていた。

(取材・文:舩木渉)

【了】

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