曹貴裁監督パワハラ問題、「退任」は正しかったのか?時系列で見る湘南ベルマーレの対応への疑問

Jリーグは今月4日、湘南ベルマーレ曹貴裁前監督のパワーハラスメント行為を認定し、クラブは8日に同氏の退任を発表した。長年に渡り地域社会に根差してきた市民クラブとして、湘南の対応は適切だったのだろうか。状況の進展を追いながら、問題点がなかったかを考えていく。(取材・文:中村僚)

2019年10月17日(Thu)10時00分配信

text by 中村僚 photo Getty Images
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パワハラ報道とクラブの初動

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湘南ベルマーレの監督を退任した曹貴裁前監督【写真:Getty Images】

 曹貴裁監督(当時)によるパワーハラスメント疑惑が報じられてから約2ヶ月。Jリーグは曹監督のパワーハラスメント行為と湘南のクラブ幹部の監督責任を認定した。60人以上の聴取を踏まえ、曹監督にはけん責と公式戦5試合出場停止、クラブにはけん責と200万円の制裁金が課された。

 本稿では調査結果の是非や裁定の軽重については言及を避ける。それらはJリーグが独立した専門チームを組み、慎重を期して検討した結果だ。この認定結果を前提として本稿を展開していく。

 今回の最大の疑問は、フロントの対応である。時系列を追って見ていこう。

 一部スポーツ紙からパワハラ疑惑が最初に報道されたのは、8月12日未明。J1第22節磐田戦の直後だった。これを受けて、湘南は曹監督へ指導の自粛を要請。株主のライザップグループは「スタッフが精神的に追い込まれた」との報道を否定し、「パワーハラスメントの事実はありません」との声明を発表した。

 この初動は理解できるものだろう。湘南はこの時点でJリーグから調査の要請は受けていたものの、その内容は把握しておらず、選手・スタッフへの聴取が必要であるとだけ告げられたという。事実かどうかもわからない報道から最高司令官を守ることは、最初のアクションとしては当然ともいえる。とはいえ報道が噴出してしまった以上、多くのメディアから注目が集まるのは必須で、不必要なプレッシャーから選手を守るための監督自粛措置、ということなのだろう。

生まれたピッチでの混乱

 以降、チームは高橋健二コーチを暫定的にトップに据えてリーグ戦を消化していく。眞壁潔会長も「最初は8月いっぱい程度で終わるだろうと思っていた」ようで、その間のサガン鳥栖戦(2-3●)、ベガルタ仙台戦(1−1△)、浦和レッズ戦(1−1△)は、勝利こそなかったものの内容的は悪くないサッカーを見せた。ここまでは、選手たちも気持ちをつなぎ止められていた。

 しかし調査は予想以上に長期化し、9月の代表ウィークに入っても進展は見えない。そんなタイミングで大分トリニータとの対戦が訪れた。独特なスタイルを持つチームを相手に、湘南は対策が必要になる。ここで指揮官不在の影響が初めて出てしまった。

 高橋コーチは守備ブロックの重心をやや下げて、大分のパス回しに対して積極的にプレスに出る場面と自陣で構える場面の使い分けを指示。ところが当の選手たちは、ブロックを構えることに慣れておらず、前線のプレスに行けないことがストレスになり、心身ともに煮えきらないままミスで2失点を献上。結局1−2で敗れた。この敗戦を境に、ホーム清水エスパルス戦(0−6●)、川崎フロンターレ戦(0−5●)の負の連鎖へとつながっていく。

 高橋コーチの戦術変更指示が十分に浸透されていなかった可能性は否定できない。しかし曹監督が復帰する可能性がある以上、その方針を継続し、自身のオリジナリティを出せなかったとしても不思議ではない。とはいえ対策は必要で、それは自分で判断を下さなければいけないという、極めて複雑な状況だった。選手側にも「曹さんと言っている、やっていることが違う」と思わせてしまう危険がある以上、練習メニューを大幅に変えることはできなかった。この責任を現場に問うのは酷な話だ。

進退が明言されなかった記者会見

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10月6日に行われた湘南ベルマーレ対川崎フロンターレの試合前に、スタンドに向かって頭を下げる眞壁潔会長と水谷尚人社長【写真:Getty Images】

 この間、クラブは長期化する調査に業を煮やし、9月下旬にJリーグへ調査の進捗と暫定的に曹監督を復帰させることが可能かどうかを問い合わせている。「クラブの判断を尊重します」との返答だったが、直後に村井満チェアマンが「10月上旬に方針を示す」との意向を表明したため、自粛を継続することになった。

 そして10月4日、Jリーグが調査報告と裁定の発表を行い、同日に湘南は曹監督同席の元、謝罪と本件に関する経緯、および再発防止策を説明する会見を行った。湘南は、曹監督およびクラブ幹部への処遇は発表しなかった。

 筆者はここに大きな違和感を覚える。なぜ、ここで進退を明言しなかったのか?

 体裁として内容は知らされていなかったとはいえ、Jリーグの調査は曹監督に関するものであることは疑いようがなかった。事実、クラブも9月の上旬から独自のコンプライアンス委員会を立ち上げて調査を開始している。ということは、調査結果が黒だった場合、グレーだった場合、白だった場合など、さまざまなパターンを想定して、それに対応するアクションをあらかじめ用意できたはず。実際に4日の会見でも、眞壁会長はそれらのパターンを想定したと話していた。

疑問を抱くリスクマネジメント

 上記の通り、チームは一刻も早く体制の確立が求められる状況にあった。そんな中でクラブは曹監督の復帰を第一に動いた。仮に曹監督が復帰する場合、本人の精神状態の回復に相当の時間が必要だっただろう。それは9月29日のクラブカンファレンスで眞壁会長自身も認めている。加えて、パワハラがあったと認定された監督を現場に再び戻すには、選手・スタッフを100%納得させられるだけの説明が必要だ。

 騒動発覚後に犯人探しをしていた監督を、現場の全員がもう一度信頼できるだろうか? さらに言えば、社会的規範を犯した監督を現場に戻すことで世間からの風当たりが強くなり、クラブはさらに余計なプレッシャーにさらされないだろうか?

 調査の結果、曹監督の回復に要する時間、曹監督復帰後の選手・スタッフの心情、クラブに降りかかるリスク……。それらすべてを踏まえた結果が、「会見では処遇を発表せず、曹監督に復帰要請」であるならば、やはりリスクマネジメントに大きく欠けていると言わざるを得ない。

 さらに解せないのは、曹監督の退任が「解任」か「辞任」かはっきりしなかったことだ。曹監督が湘南で残した功績の大きさは計り知れない。内々ではその功績に感謝を示す必要もあるだろう。眞壁会長と曹監督は「15年来の仲」(同会長)。共にした苦楽は、他人が立ち入れる領域ではない。

つながりを大切にしてきたクラブだからこそ

 しかし、今回の事案は社会的規範の違反である。プロサッカークラブといえども、社会の一員であることからは逃れられない。表向きには「解任」とし、クラブとして「社会規範違反は断固認めない」とする姿勢を打ち出すことが必要だったはずだ。最終的に曹監督と協議のもとで退任という形になったが、ここはクラブ側にはっきりしてほしい点だった。

 なぜなら、湘南ベルマーレは社会とのつながりを大切にしてきたクラブだからだ。悪性リンパ腫による長期療養児童の高田琥太郎くんのチーム加入、ホームゲーム時の岡本拓也の「女性のがん検診啓発ブース」出展、地域企業とコラボした子どもたちの自己発見型ローカルキャリアプロジェクト「湘南まなべるまーれ」など、その活動は枚挙にいとまがない。これらの実績は、タイトル獲得と同じくらい評価されるべきものである。市民クラブとして社会や地域とのつながりを育んできた湘南ベルマーレだからこそ、社会的に認められていない事象には厳正に対処すべきだった。

 湘南は今回の事件で重い十字架を背負ってしまった。これを下ろすには、言うまでもなく今後の活動が大事になる。目下の競技的な目標はもちろん残留だ。しかしそれだけでなく、湘南の地にベルマーレが存在し続けるための活動を継続してもらいたい。

 サッカークラブの存在価値は、見る人にサッカーというエンターテイメントを提供し、サッカーを通して夢や希望を与えることだと筆者は思っている。その手段は勝利やタイトルだけでないことは、ベルマーレが誰よりも理解しているはずだ。これまでに幾度となく危機を乗り越えてきたリバウンドメンタリティを、ピッチ内外で再び見せてくれることを期待したい。

(取材・文:中村僚)

【了】

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