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Jリーグ 4年前

ガンバ小野瀬康介の先制ゴールは師への「恩返し」。湘南の監督交代で訪れたターニングポイント【この男、Jリーグにあり】

明治安田生命J1リーグ第30節、湘南ベルマーレ対ガンバ大阪が3日に行われ、ガンバ大阪が3-0で快勝した。MF小野瀬康介は、自身を大きく成長させた恩師との再会となったこの試合で、貴重な先制点を挙げた。「あの人が指導者じゃなかったら、僕はプロサッカー選手になれていなかった」と話す恩師との再会に込められた思いに迫る。(取材・文:藤江直人)

シリーズ:この男、Jリーグにあり text by 藤江直人 photo by Getty Images

期せずして訪れた恩師との再会

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ガンバ大阪のMF小野瀬康介【写真:Getty Images】

 敵地Shonan BMWスタジアム平塚に乗り込み、湘南ベルマーレと対峙する11月3日の明治安田生命J1リーグ第30節を、ガンバ大阪のMF小野瀬康介は心待ちにしてきた。

「サッカー界にいたら、こういうこともあるんだな、と感じていました。代わられてすぐにウチとの試合があったので」

 レノファ山口から昨夏に加入したガンバで25歳にして待望のJ1デビューを果たし、まばゆい輝きを放っているサイドアタッカーと、ベルマーレを結びつけた「こういうこと」とは何なのか。小野瀬を驚かせ、同時に懐かしがらせたのは、10月10日にベルマーレから発表された監督交代だった。

 Jリーグの調査によってパワーハラスメント行為が認定された、曹貴裁(チョウ・キジェ)監督が同8日付けで退任。後任監督に就いた湘南ベルマーレのフットボールアカデミーダイレクターで、今シーズンからはU-18監督も兼ねていた浮嶋敏氏は、小野瀬にとって永遠の恩師となる。

 東京都大田区で生まれ育ち、小学生時代は地元のミッキーSCでプレーした小野瀬は、中学校へ入学した2006年春に横浜FCのジュニアユースに加入する。同時期にジュニアユース監督兼育成統括に就任したのが、前年まで神奈川県立新城高校サッカー部監督を務めていた浮嶋氏だった。

 現役時代は日産自動車(現横浜F・マリノス)のBチーム、日産FCファームおよび富士通サッカー部(現川崎フロンターレ)でプレーした浮嶋氏は1995年に引退。富士通に勤務しながら指導者の道を歩みはじめ、2002年から監督を務めた新城高校を含めて、幅広い層を指導してきた。

「一番厳しく指導してもらって、一番伸びたところ」

 横浜FCでは2009年から、ユース監督兼アカデミーダイレクターに就任。2011年からベルマーレのトップチームコーチに、2013年からはフットボールアカデミーダイレクターに就いた浮嶋氏は、横浜FCでの5年間にわたって指導した十代の少年だった小野瀬をこう振り返ったことがある。

「将来プロになるだろうな、と思って指導していました」

 言葉通りに小野瀬はユース所属だった2011年8月に、クラブ史上初の2種登録選手としてトップチームでデビュー。翌2012シーズンからはトップチームへ昇格する。プロとしての礎が築かれたジュニアユースおよびユースで、浮嶋氏に心技体を鍛えられた日々をいまも忘れていない。

「特に技術のところをしっかりと、口酸っぱく言われながら叩き込まれました。プロになるために一番厳しく指導してもらって、一番伸びたところだと思っています。いろいろなことがありましたけど、あの人が指導者じゃなかったら、僕はプロサッカー選手になれていなかった。なかなか連絡を取れませんでしたけど、いまも感謝の思いしかありません」

 2017シーズンからレノファへ新天地を求めた小野瀬は、2018シーズンに就任した霜田正浩監督のもとで得点感覚をも開花させる。横浜FC時代の5年半であげた10ゴールと同数のゴールを、夏場までの25試合で量産する活躍ぶりが、就任したばかりのガンバの宮本恒靖監督の目に留まる。

 夢にまで見たJ1の舞台でも、技術は十二分に通用した。昨季の後半戦は右サイドハーフを主戦場として3ゴールをマークし、終盤戦にあげた怒涛の9連勝に貢献。システムが[3-3-3-1]に、背番号が「50」からレノファ時代の「8」に変わった今季も、右ウイングバックの座を手放さない。

J1を経験して変化したフィジカル

 昨夏に加入したガンバは、レヴィー・クルピ前監督時代からの不振を引きずるかたちで下位に低迷していた。後半戦でチームを建て直した宮本監督のもとで期待された今季も、残留争いを強いられる。それでも小野瀬は「サッカー選手をやっていてよかった」といま現在のプレー環境を位置づける。

「ちょっと活躍すればすごくメディアで取り上げてもらえて、逆にダメだったらすぐに叩かれる場所だと思っています。歴史のあるクラブで先発として出られている充実感と楽しさを感じながら、刺激的なサッカー人生を送ることができているので」

 J2でプレーした横浜FCやレノファ時代を、小野瀬自身が「よくなかった」と位置づけているわけではない。国内最高峰の舞台であることに加え、アジア王者を含めたタイトルをいくつも獲得している名門だからこそ、常に向けられる厳しい視線がさらなる成長を促していると実感しているのだろう。

「フィジカルの強さがワンランクあがったと思うし、身体つきに加えてスピードという部分も変化してきた。もともと技術の高い選手だと思いながらレノファ時代から見ていましたけれども、どのような状況でその技術を発揮するのか、という部分も整理されてきている」

 加入した昨夏以来の小野瀬の変化に、宮本監督も思わず目を細める。もっとも、まだまだ完成形ではない。伸びしろがあると信じて疑わないからこそ、こうつけ加えることも忘れなかった。

「まだ26歳だし、もっともっと成長してほしいと思っている。成長するための素養というか、メンタル的なハングリーさをもっている選手でもあるので」

セットプレーからの得点は「チームとして練習してきた」

 メンタルが充実していたところへ、同じJ1を戦うベルマーレのトップチームを浮嶋氏が率いることになったニュースに接する。しかも今後のスケジュールを見れば、川崎フロンターレ戦をはさんですぐに対戦が組まれている。運命に導かれた邂逅を思い描くだけで、胸の鼓動が高鳴ってきた。

 迎えたベルマーレ戦。いてもたってもいられなかったのか。キックオフ前のウォーミングアップで敵地のピッチに立っている間に、小野瀬は浮嶋監督にあいさつしている。そして、開始わずか10分。小野瀬自身をして「運も味方してくれた」と言わしめた、今季6ゴール目が生まれる。

 FW宇佐美貴史が蹴った右コーナーキック。ファーサイドを狙った滞空時間の長い山なりのボールに対する処理を、味方との連携ミスからベルマーレのDF山根視来が誤ってしまう。小さくなったクリアが転がっていった先で、こぼれ球を狙うポジションを取っていたのが小野瀬だった。

「チーム全体としてセットプレーで点が取れていなかったなかで、こぼれ球への対応も含めて、今週はしっかりとチームとして練習してきた。けど、まさか自分のところにこぼれてくるとは思わなかった。ちゃんと当たらなかったのが、よかったのかもしれない」

 迷うことなく振り抜いた右足を、ワンタッチで落ち際にヒットさせる。小野瀬が振り返るように当たりは浅かったものの、ゴールの左隅を正確に射抜いた一撃は必死にダイブしたベルマーレの守護神、秋元陽太が伸ばした右手の先をすり抜けてゴールネットを揺らした。

原点を思い出させるターニングポイント

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湘南ベルマーレの浮嶋敏監督【写真:Getty Images】

 曹前監督が活動を自粛した8月12日以来、ベルマーレがひとつも勝てていないことをもちろん小野瀬も知っていた。暫定的に指揮を執った高橋健二コーチのもとで2分け4敗。浮嶋監督が初めてさい配を振るった、先月19日の横浜F・マリノス戦も1-3で完敗していた。

「(浮嶋監督には)申し訳ないですけど、こういう場面で点を取れた僕は『持っているのかな』と思いました。いまの自分があるのは本当にあの人のおかげなので、その目の前でゴールを決めることができたのは、いい恩返しになったと思っています」

 小野瀬の先制ゴールに続いて、宇佐美も今夏の復帰後では初めてとなる複数ゴールをゲット。守ってはベルマーレを零封したガンバは敵地で快勝を収め、次節にも残留を決められる状況となった。試合後の挨拶を終えた小野瀬は、真っ先にベルマーレのベンチへと駆け寄っている。

「ありがとうございました」

「成長したな」

 短いやり取りのなかで、恩師からいくつものメッセージを受け取った気がした。今季のガンバを振り返ってみれば、アウェイゴールの差で北海道コンサドーレ札幌に屈し、準決勝で姿を消したYBCルヴァンカップをもって、4シーズン連続の無冠がすでに確定している。もちろん満足していない。

「また会えますから。この(恩師と愛弟子の)関係は、今日で終わることじゃないので」

 次に浮嶋氏と会うときにはもっと、もっと成長した姿を見せたい。自分が最も生きると自負する前目のポジションでもいつかは勝負するためにも、恩師の目の前で攻守両面においてハードワークを実践し続けた90分間は、原点を思い出させる意味でも小野瀬にとってのターニングポイントになるはずだ。

(取材・文:藤江直人)

【了】

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