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Jリーグ 4年前

レッズ・興梠慎三、ネコ科をほうふつとさせる得点感覚の才。五輪を一度は断った“信念”とは?【この男、Jリーグにあり】

明治安田生命J1リーグ第32節、浦和レッズ対川崎フロンターレが5日に行われ、浦和レッズが2-0で敗れた。AFCチャンピオンズリーグ決勝に駒を進める浦和だが、リーグ戦では2試合を多く消化しながら11位に沈む。躍進と不調が同居するチーム状況で、33歳のFW興梠慎三は8年連続2桁得点をマークしている。日本人屈指の得点能力を持つ理由を、本人とチームメイトの言葉から紐解く。(取材・文:藤江直人)

シリーズ:この男、Jリーグにあり text by 藤江直人 photo by Getty Images

8シーズン連続2桁ゴールの新記録

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浦和レッズのFW興梠慎三【写真:Getty Images】

 あっけらかんとした口調とともに返ってきた言葉に、思わず吹き出してしまいそうになった。無事之名馬でいられ続ける理由を問われた浦和レッズのエースストライカー、興梠慎三が「日ごろの行いがいいからじゃないですか」と苦笑しながら、ある秘訣を明かしてくれたときだった。

「特にないんですけど。まあ、好きなものを食べる、くらいですかね。脂ものなどを含めて気にすることなく食べる、というのが一番いいのかな。よくわからないですけど」

 栄養管理を含めた、節制という概念とは対極の位置にあるような自由奔放さが伝わってくる。それでいて鹿島アントラーズ時代を含めて、先発に定着した2009シーズン以降で出場試合数が30を下回ったのは、26試合だった2015シーズンの一度だけしかない。プレー時間もすべて2000分を超えている。

 408試合を数えるJ1通算出場試合数は歴代22位。これがフォワードに限れば大久保嘉人(ジュビロ磐田)の445試合、前田遼一(FC岐阜)の429試合に次ぐ同3位に名前を連ねる。そして、フォワードの価値を示す唯一無二の指標となるゴールで、今季には金字塔も打ち立てている。

 湘南ベルマーレのホーム、Shonan BMWスタジアム平塚に乗り込んだ9月1日の明治安田生命J1リーグ第25節。試合開始からわずか3分後に、グラウンダーのクロスに右足のつま先をヒットさせ、コースを変えて流し込む技ありの先制ゴールをマーク。今季のゴール数を2桁の10に到達させた。

 レッズへ移籍する前年の2012シーズンから継続させてきた2桁ゴールを、J1新記録となる8シーズン連続に伸ばした瞬間だった。従来の記録はアルビレックス新潟およびレッズでプレーしたエジミウソンが2004-10シーズンにかけて、そしてサンフレッチェ広島時代に佐藤寿人(ジェフ千葉)が2009-15シーズンにかけてそれぞれ記録した7シーズン連続だった。

 長期離脱を強いられる大けがと無縁で、30歳を超えてもコンスタントにピッチに立ち続け、ゴールという結果も残し続ける。身長175cm体重72kgのサイズは決して大きくないのに、J1の通算ゴール数147は堂々の6位にランクされている。歴史に残る名選手の仲間入りを果たした秘訣を興梠本人に尋ねたのが、冒頭で記したやり取りだった。

ネコ科の獣をほうふつとさせるしなやかさ

 宮崎県の強豪・鵬翔高からプロの世界へ飛び込んで15シーズン目。前人未踏のリーグ戦3連覇を含めた7個のタイトル獲得をアントラーズ時代に経験し、加入直後から絶対的な存在感を放ってきたレッズでもYBCルヴァンカップ、天皇杯、そしてACL制覇を自身のキャリアに加えた。

 ベテランの仲間入りを果たして久しい興梠を、33歳になったいま現在でも一流たらしめる要素とは何なのか。2016年のリオデジャネイロ五輪で興梠をオーバーエイジの一人として興梠を招集し、フォワードの軸にすえた手倉森誠監督(V・ファーレン長崎監督)がこんな言葉を残したことがある。

「しなやかさと、野性味あふれるプレーを繰り返し発揮できるタフさを身体に同居させている。ポストプレーも相手の最終ラインの裏へ抜け出すプレーもできるので、引いた相手に対する攻撃とカウンター攻撃の両方に対応できる。身体能力の高い相手に対しても、彼の体のしなやかさは効果的だと思う」

 興梠の身体のしなやかさは、時としてネコ科の獣をほうふつとさせる。植物でたとえるならば、柳の枝となるだろうか。激しさを伴うコンタクトプレーの刹那で、屈強さを武器とする相手ディフェンダーに放たれる衝撃を巧みにいなしながら元の体勢に戻る、と表現すればわかりやすいだろうか。

「体も強いので不利な体勢でもボールを収められる。加えて、相手ディフェンダーへ先に体をぶつけるプレーなども本当に上手い。ディフェンダーの懐にグッと入っていって、相手を自由にさせないところも含めて素晴らしいと思っているし、いつもチームを助けてくれている」

 シャドーを主戦場とするレッズの武藤雄樹が、一挙手一投足を間近で見る機会の多い興梠のコンタクトプレーをこう解説してくれたことがある。何よりもJ1のフォワードたちのなかでも異彩を放つ得点感覚の秘密を、武藤は「一番すごいのは、ゴール前における冷静さですね」と帰結させている。

「(サイズが)めちゃくちゃ大きいわけではないですけど、駆け引きのなかでいいポジショニングからいい動き出しをして、相手の裏を取ったうえで常に冷静にゴールへ流し込めるからこそ、これだけの得点を積み重ねてきたのかな、と。もちろん、他のいろいろなプレーもすごいんですけどね」

「試合前に『痛い、痛い』と言っていても必ずやり遂げる選手」

 大分トリニータおよびサンフレッチェ広島時代は、敵として興梠と何度も対峙。2014シーズンからはチームメイトとしてともに戦ってきた守護神の西川周作は、同じ1986年生まれのストライカーを「相手に回せば、一番嫌なタイプのフォワードですね」と頼もしげな視線を送っている。

「苦手とするプレーがない、と言ってもいいくらい技術も優れていて、左足でも右足でも精度の高いシュートを蹴れるし、切り返しも深い。ヘディングでゴールを決めたかと思えば、遊び心のあるループシュートも決める。ゴールキーパーとしては、非常に戦いづらい相手ですよね」

 相手ゴール前で発揮される、ゴールへとつながるさまざまな技術だけではない。味方になって初めてわかったことがあると、西川は笑顔を浮かべながら知られざる部分を明かしてくれた。

「性格的に非常にどっしりしているし、彼のぶれない姿は周りの選手たちから大きな信頼を得ていますよね。けがにも非常に強く、試合前に『痛い、痛い』と言っていても必ずやり遂げる選手なので、そういうところは他に選手と違っているのかなと思っています」

 誰とでもコンビネーションを構築できる柔軟さも見逃せない能力となる。レッズにおける軌跡を振り返っても、李忠成(横浜F・マリノス)、高木俊幸(セレッソ大阪)、そして今季もともにプレーしている武藤や柏木陽介、長澤和輝らシャドーに入った選手たちとすぐに息を合わせてきた。

「観察眼や学ぶ力、あるいはしたたさといったものも、彼がもっている素晴らしい才能ですね。それらの才能を彼自身が常に上手く生かす、あるいは生かそうとしているところも素晴らしいと思っている」

 興梠に搭載された柔軟さの源泉を、レッズの大槻毅監督も目を細めながらこう分析したことがある。今季で通算9度目と数えたシーズン2桁得点も、佐藤の10度に次ぐ歴代2位タイ。国際Aマッチ通算16試合に出場して無得点にとどまっている、日本代表におけるキャリアが信じられないほど国内での記録は眩い輝きを放つなかで、興梠はまるで呪文のように同じ言葉を繰り返してきた。

「すべてはチームメイトのおかげだと思います。自分で突破してゴールを決める、というタイプの選手ではなく、みんながつないできたボールをラストパスから決める、というのが僕の持ち味なので。歴史に名前を刻めたことは非常に嬉しく思っていますけど、記録は後からついてくるものだと思っている。個人の記録よりもチームが勝つために、優勝するために戦っているので」

一度は断った五輪招集、仲間の説得で翻意

 個人よりもチームという信念から、前出したリオデジャネイロ五輪のオーバーエイジ招集に一度は断りを入れている。五輪期間中もJ1リーグが中断されないため、最大で5試合を留守にしてしまう状況を危惧していたが、このときはひとつ年下の柏木の説得を受けて翻意している。

「こんなチャンスはない。一度きりの人生で、オリンピックに行かないなんてもったいない」

 得点王を含めて、個人タイトルには縁がない。唯一手にしたのは2017シーズンのベストイレブン。興梠自身も「取れるものなら、いろいろな個人タイトルを取りたい」と偽らざる本音を明かしたこともあるが、それでも最終的にほしいものはチームのタイトル、という結論に行き着く。

「個人的に一番ほしいのはレッズでリーグ戦のタイトルを取ること。天皇杯、ルヴァンカップ、ACLは取ったので、あとひとつは今いるみんなで取りたい、という思いはありますね」

 シーズン途中でオズワルド・オリヴェイラ監督から大槻監督に代わった今季も、しかし、リーグ戦で優勝する可能性はすでに消滅している。唯一のリーグ戦制覇は2006シーズン。興梠の加入後も2014シーズン、2ステージ制で行われた2015、2016シーズンとあと一歩のところで涙を飲まされてきた。

 今季を振り返れば準々決勝から登場したルヴァンカップはアントラーズの前に屈し、天皇杯は4回戦でJFLのHonda FCに完敗。会場となった埼玉スタジアムにブーイングが響きわたった。一方で残された唯一のタイトル、ACLでは快進撃を続けて2大会ぶり3度目の決勝進出を果たしている

 2年前と同じくアルヒラル(サウジアラビア)と対峙する決勝が、J1リーグの終盤戦と重複する関係から、レッズは2試合を前倒しで戦っている。アントラーズに0-1、川崎フロンターレに0-2で屈したその2試合を含めて、8月以降の戦いで1勝5分け6敗の低空飛行を強いられてきた。

「もうACLしかタイトルを取れない」

 興梠こそリーグ4位タイ、日本人選手ではトップタイとなる12ゴールをあげて奮闘している。しかし、次に多い得点者が長澤の3ゴールという状況を踏まえれば、各チームとも興梠へのホットラインを遮断する作戦を講じてくるし、レッズが術中にはまったからこそまさかの残留争いを強いられている。

 しかも、直近のフロンターレ戦は日本時間10日未明に敵地で行われるACL決勝第1戦をにらみ、興梠を含めた主力をベンチスタートとした。ビハインドを背負ってから投入されるも、求められたゴールをあげられなかった自身への不甲斐なさを込めながら、興梠はフロンターレ戦後にこう語っている。

「残留するうえで勝ち点1でも大きなポイントになると思っていたし、ホームなので個人的には勝ちたいという思いを抱いていたけど、次へ向けて切り替えるしかない。次の試合に出る選手たちはある程度温存されていたと思うし、だからこそ次の試合で勝たなければターンオーバーした意味もなくなる。コンディションは万全なので、もうやるしかない。僕たちにはもうACLしかタイトルを取れない。モチベーションが変わっちゃいけないと思うけど、それでもACLにかける思いは強い」

 自身にとって通算9大会目の挑戦となるACLの舞台でも、興梠は代役の利かない存在感を放っている。グループリーグから12試合すべてで先発。65に伸ばした通算出場試合数だけでなく、今季だけで8ゴールを積み重ね、通算で26に伸ばしたゴール数も日本人でトップに立っている。

「(アルヒラルが)簡単に勝てる相手ではないことは、チームの全員がわかっている。だからこそ一丸となって、歯を食いしばって戦ってきたい。もちろん勝てればいいけど、少なくても勝ち点1を取ることが必要だし、アウェイゴールを考えれば1点は取って帰ってきたい」

 埼玉スタジアムで24日に行われる第2戦に大きな影響を与える、アウェイゴールで最短距離にいるのは言うまでもなく興梠となるだろう。フロンターレ戦後に慌ただしく日本を飛び立ち、サウジアラビアで調整を重ねているレッズの選手たちのなかで、もって生まれたしなやかで、なおかつ丈夫な身体に至高のチーム愛を奏でさせる異能のストライカーが、虎視眈々と大仕事を狙っている。

(取材・文:藤江直人)

【了】

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