バルセロナ緊急補強で大注目、ブライスワイトとは何者か? 車椅子の少年から名門の救世主に

前線に負傷離脱者が続出するバルセロナは、緊急補強を敢行しデンマーク代表FWマルティン・ブライスワイトを獲得した。賛否両論渦巻く移籍劇ではあるが、レガネスで評価を高めた29歳のストライカーは名門の救世主となるか。波乱万丈のキャリアと選手としての特徴に迫る。(文:舩木渉)

2020年02月22日(Sat)10時20分配信

text by 舩木渉 photo Getty Images
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5歳で車椅子に。それでも夢を諦めず…

マルティン・ブライスワイト
【写真:Getty Images】

 かねてより噂になっていたバルセロナの緊急補強が実現した。1800万ユーロ(約22億円)の違約金を支払って獲得したのはラ・リーガで19位に沈むレガネスで今季リーグ戦6得点を記録していたデンマーク代表FWマルティン・ブライスワイトだ。

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 彼の姓のカタカナ表記については「ブレイスウェイト」や「ブライトバイテ」など様々なパターンが見られるが、本稿では彼の姓のルーツがあるイギリスのコメンタリーにおける最もポピュラーな発音に近い「ブライスワイト」で統一していく。

 ブライスワイトは1991年6月5日、デンマークのエスビャウで生を受けた。父親はイギリス連邦に所属する南米の小国ガイアナにルーツを持つ。その影響か、息子のマルティンは流暢な英語を操る。

 バルセロナ加入までのキャリアは決して順風満帆ではなかった。サッカー選手としての危機が訪れたのは、おそらく誰よりも早かったかもしれない。ブライスワイトは病気の影響で5歳から車椅子生活を強いられることになったと、かつて英『FourFourTwo』のインタビューの中で明かしている。

「僕は車椅子に乗らなければならないと言われた。Legg-Calvé-Perthes病と呼ばれるものだった。これは股関節の回転する部分が柔らかく、骨が発達していくと変形して歩行できなくなる可能性があり、走り回って力をかけることができなかった。

本当に難しかった。僕は子どもだったから、なぜ自分が車椅子に乗らなければいけないのか理解できなかったんだ。いつも車椅子から逃げ出そうとしていたよ。恥ずかしかったね。赤ちゃんのように周りの人が常に僕の世話をする必要があったから。他の子どもたちができるようなことも、僕はできなかった。ただサッカーをしたかっただけなのに…」

病を克服してプロに。フランスで評価を確立

マルティン・ブライスワイト
【写真:Getty Images】

 Legg-Calve-Perthes病は「ペルテス病」とも呼ばれ、5歳〜10歳の子どもの発症が多く、特に男児により症状が出やすいという。ブライスワイトが話した通り、股関節痛や歩行障害をともない、進行は遅いが治療に時間のかかる病気だ。とにかく安静にすることが必要で、手術で症状を改善することもできる。

 自然治癒の場合は完治まで2〜3年かかるといい、二次性の変形性関節症など後遺症が残る可能性もあるとのこと(治療により後遺症を軽減することはできる)。2歳からボールを蹴り始めていたブライスワイトの場合、この難病によって遊び盛りの5歳〜7歳頃までを車椅子の上で過ごさなければならなかった。

「車椅子に乗るまで、僕は毎日サッカーばかりしていた。重要だったのはそれだけ。とにかく医者が『OK、今からサッカーをやってもいいよ』と言うのを待っていた。その時が来たら、まるで自分の人生がもう一度始まったような感じだった。その週末からチームでプレーし、マン・オブ・ザ・マッチになった。もしかしたら僕に対する思いやりみたいなものだったのかもしれないけど、とんでもなく素晴らしい気分だったよ」

 才能に溢れていたブライスワイトは地元のエスビャウfBでプロになり、2011/12シーズンにデンマーク1部リーグ優勝、翌シーズンはデンマークカップ制覇に貢献した。そこでの活躍が評価され、2013年6月にはデンマーク代表に初招集。ルーツのあるガイアナからも代表入りを打診されが断り、自らが育った国を選んで2018年にはロシアワールドカップにも出場している。

 母国リーグでの活躍に注目が集まると、オセール、レンヌ、セルティック、ハル・シティなども競合した末、2013年夏にフランス1部のトゥールーズへステップアップを果たす。新天地では1年目から主力として活躍し、在籍4年間でリーグ戦135試合に出場して35得点を挙げた。ウィサム・ベン・イェデル(現モナコ)らとともにプレーし、2015/16シーズンには最終節で奇跡的な残留を果たしたチームでキャプテンマークも巻いた。

 2017/18シーズンからは移籍金1130万ユーロ(約14億円)でイングランド2部のミドルスブラへ。加入から半年でリーグ戦19試合に出場し5得点を挙げるが、冬には期限付き移籍で慣れ親しんだフランスへ戻ってボルドーに加入することとなった。

選手としての特徴は?

 イングランドでの2年目は序盤戦こそ主力としてプレーしたが、徐々に出場機会が減り、トニー・ピューリス監督との折り合いも悪かったため再び冬に期限付き移籍を決断する。昨季の後半戦、レガネスへの移籍によってスペインへの道が開け、キャリアも好転していく。

 ラ・リーガで19試合に出場して4得点を奪いレガネスの1部残留に貢献。初ゴールの相手はのちに移籍することになるバルセロナで、コパ・デル・レイではレアル・マドリーのゴールも破った。さらにバレンシアやセビージャといった強豪からもゴールを奪うなど勝負強さが光った。

 今季はレガネスに完全移籍となり、バルセロナ移籍までにリーグ戦24試合出場6得点。特に前半戦は、冬にセビージャに引き抜かれることになるユセフ・エン・ネシリとの2トップで、降格圏で苦しむチームを懸命に引っ張った。

 ゴール前での勝負強さが光るが、ブライスワイトのプレースタイルは典型的なストライカーのそれではない。少し下がって縦パスを引き出してのポストプレーや、パワフルな裏への抜け出し、相手DFの前を取るワンタッチフィニッシュなど多彩な魅力を持つが、本質的にはセカンドトップだろう。ミドルスブラやトゥールズでは左ウィングとして活躍していたし、レガネスでも大柄なエン・ネシリを脇で支える献身性が目立った。

 ストライカーとしての決定力はバルセロナが本来求めるレベルには達していないかもしれない。そして、バルセロナの細やかなパスワークに適応して違和感なく入っていけるかにも不安が残る。緊急補強の候補に挙がっていたレアル・ソシエダのウィリアン・ジョゼやヘタフェのアンヘル・ロドリゲス、レアル・サラゴサのルイス・ハビエル・スアレスなどと比べても、1試合90分あたりのシュート数や枠内シュート率が低いデータも出ている。すぐにウルグアイ代表のルイス・スアレスやフランス代表のウスマン・デンベレの代役として、彼らと同等の活躍を望むのは酷だと言えるだろう。

「僕は信じることをやめなかった」

マルティン・ブライスワイト
【写真:Getty Images】

 それでもパッションを前面に押し出すアグレッシブなスタイルやリーダーシップ、献身性で今のバルセロナに欠けている要素を補完することができるかもしれない。3年半契約で契約解除に必要な違約金3億ユーロ(約360億円)という異例の大型契約には賛否両論あるが、29歳のデンマーク人ストライカーが巨大な期待とプレッシャーを力に変えられれば、リーグでの逆転優勝に近づくことができる。

「サッカーをやっている全ての人間にとってバルセロナでプレーすることは夢だ。とても興奮している。バルセロナは大きなプレッシャーや期待のあるクラブだが、ここで可能な限り全てを勝ち取るつもりでいる。

僕はテクニカルなプレーヤーで、フィジカル的にも非常に強い。本当に速くて強いんだよ。そして、僕の最も象徴的な一面は、インテリジェンスだ。賢く、試合を学ぶ。僕は自分のことをサッカーの学生と呼んでいる。毎日成長したいし、この移籍によってチームを助けることが重要だ。ストライカーとして、たくさんのゴールを決めるためにここにいる」

 バルセロナ移籍後、最初のインタビューでブライスワイトは自らの特徴を説明し、「夢」のクラブでの活躍を誓った。登録の関係でチャンピオンズリーグではプレーできないが、リーグ戦では当然ながらデンベレやスアレスの穴埋めが彼に課されるミッションだ。

 5歳で一度は諦めかけたサッカー選手としての「夢」を叶え、バルセロナでさらに大きな「夢」を掴むか。『FourFourTwo』のインタビューでのブライスワイトの言葉は、彼の人生を象徴しているように思う。

「車椅子に乗っていた時も、僕は常に1つの目標を持っていた。偉大なサッカー選手になることだ。(中略)サッカーができるということは……プレゼントなんだということを忘れてはならない。もし悪い状況に陥ることがあっても、物事は好転していく可能性があることを僕のストーリーによって示せると願っている。僕は信じることをやめなかった。プロサッカー選手になりたかった。それを実現できたのは素晴らしいことだけど、キャリアの中で達成したいことがたくさんある。もっともっと頑張っていきたい」

 困難にもめげることなく夢を追い続けた少年は、約四半世紀経って世界最高のクラブの門を叩いた。バルセロナ史上5人目のデンマーク人選手として、ブライスワイトが切り拓く未来に幸あれ。

(文:舩木渉)

【了】

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