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イングランド代表監督が発したメッセージが持つ意味。サッカーを奪われたサッカー界が果たすべき社会的役割とは?【英国人の視点】

世界中で感染が拡大する新型コロナウイルスの影響で、ほとんどのプロリーグは中断を余儀なくされた。サッカーを奪われた選手や関係者は様々なメッセージを伝えることで、社会的な価値を提供しようとしている。この困難に直面することが、サッカーが社会の中で果たすべき役割について考える機会につながっている。(文:ショーン・キャロル)

text by ショーン・キャロル photo by Getty Images

社会の中でのスポーツが持つ役割

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【写真:Getty Images】

 世界中のサッカークラブやサッカーリーグは、ファンの存在を当然だと考えているように思えてしまうことも少なくない。

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 着実に上がり続ける入場料であれ、現地観戦するサポーターよりもテレビ中継の都合に合わせて設定されたスケジュールであれ、高騰した価格で絶え間なくリリースされる新デザインのユニフォームであれ、ファンはチームを支える大事な柱というよりも顧客だとみなされている感覚は強まる一方だ。

 現在進行中の新型コロナウイルス感染拡大が、そのクラブとファンのアンバランスな関係をくっきりと浮き彫りにしている。サッカーと一般社会の関係性は供給者と消費者という形で構成されるべきものではなく、共生関係であるべきだという事実が明確となった。サッカーはファンから与えられるのと同じだけのものを与えなければならない。

 試合が行われない状況下で、人々は「社会的距離」を取ること、可能な限り自宅にとどまることを要請されている。ウイルス拡散の実体が不確定な現状では、サッカー再開の時期も条件も依然として不透明なまま。世界中のファンは毎週の習慣としていた試合観戦のない日々を過ごし、クラブも経営の基盤となるファンからの支えを失っている。

 この異常な時期において、スポーツは社会の中での役割を再確認することを強いられる。クラブはそれぞれの共同体の中で際立った存在であることを活用し、前向きなメッセージやアシストを提供しようと努めている。

 日本においては、そういった活動は主にソーシャルメディアを通して実行されている。選手たちは正しい手洗いの方法を示す動画を投稿したり、コーチたちは自宅でも練習できるちょっとしたメニューを紹介することで学校の休校に悩まされる親たちを助けたり、といった形で社会奉仕の義務を遂行している。

「ヒーローとなるべきは…」

 クラブの経営規模が段違いに大きいイングランドでは、サッカーは与えてもらう側ではなく助けを必要とする人々に与える側となることを求められている。

 例えばプレミアリーグのいくつかのクラブは、中止となった試合のために準備していた食事や飲み物を地元のホームレス援助活動のために提供した。あるいはフードバンク(食料供給団体)への寄付を行ったクラブもあるし、チェルシーの場合は本拠地スタンフォード・ブリッジに隣接するホテルを近隣の病院で業務に携わるNHS(国民保健サービス)職員の宿泊のために提供することを決めた。

 一方イングランド代表のガレス・サウスゲート監督は、ファンに向けて威厳と慈悲に満ちたメッセージを届けている。危機が深まる中、英国の政治家たちには残念ながら欠けているリーダーシップを示した形だ。

「本来であれば我々は来週試合を行い、夏には皆さんの代表として戦うはずだった。だが今は明らかに、我々が舞台の中央に立つべき時ではない」。3月20日付の公開書簡の中で彼はそう綴っている。

「我々の友人たちや家族のために病院や医療センターで必死の対応を続けてくれている者たちこそがヒーローとなるべきだ。彼らは個人として称えられることはなくとも、彼らの存在が我々のピッチ上でのどんな活動よりも重要であることは誰もが分かっている」

「我々が再びイングランド代表チームとしてプレーするのは、この国だけでなく世界中が復興への道へ向かえるようになった時だ。その時には我々全員の距離が今まで以上に近いものとなり、サッカーという美しい娯楽を楽しむ準備ができているだろう」

社会の中で果たすべきサッカーの役割

 横浜F・マリノスと大宮アルディージャでプレーしたダビド・バブンスキーもその翌日に同様のニュアンスを込めたツイートを投稿し、移り変わる状況について雄弁に考えを述べるとともに、広い視点を持つべきであることを示してくれた。

「技術的な面では、僕らはこういった危機に対して過去よりも良い形で対応できる状況にある。だが精神的、心理的にはどうだろうか」と26歳の同選手は問いかける。

「自分たちの手にある道具を効果的に利用するのに十分な知性を持てているだろうか? 民族の壁も越え、経済的な利害関係も越えてお互いの幸福を心から気にかける思いやりを持てているだろうか? 正しい優先順位を持てているだろうか?」

 バブンスキーはより大きなスケールで物事を捉えているが、彼の洞察はサッカークラブとファンの間の関係に関しても考えるきっかけを与えてくれている。

「今回のパンデミックによって、誰もが傲慢さや自己中心性を捨て、種としての自分たちの脆弱さを正面から向き合うことを強いられる。グローバル化された世界の中で、僕らが生きて活動していくためにお互い依存し合っていることがはっきりする。大きなスケールで協力を実現させていきたいのであれば、民族や国籍や限定的なアイデンティティを超越し、自分たちが何者であるかについて世界的な広い視点を今すぐに持たねばならないことが明確に示されている」

 現在の危機が長期的な変革をもたらすと望むのは楽観視が過ぎるかもしれない。だが、この困難を乗り越えることがサッカーについて、またサッカーが社会の中で果たすべき役割についての新たな俯瞰的視点を持つことに繋がってほしいという期待もある。

(文:ショーン・キャロル)

【了】

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