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日本サッカーは『キャプテン翼』が作った!? ボールだけが友達ではダメな理由【スペイン人指導者の本音(1)】

新進気鋭のスペイン人指導者が日本にやってきた。弱冠28歳で欧州最高位の指導者資格UEFA PROライセンスを取得し、ダビド・ビジャに見初められて来日を果たしたアレックス・ラレアがスペインサッカー的視点から鋭く日本サッカーに切り込む。初回はスペインと日本のサッカーを比較して感じた両者の違いについて。(文:アレックス・ラレア)

シリーズ:スペイン人指導者の本音 text by アレックス・ラレア photo by Getty Images, Alex Larrea

ビジャに認められて来日

アレックス・ラレア
【写真:アレックス・ラレア】

 日本の皆さんはじめまして。僕はアレックス・ラレアと言います。スペイン・バスク州ギプスコア県のサン・セバスチャン出身の28歳で、この春に欧州最高の指導者資格であるUEFA PROライセンスを取得し、ダビド・ビジャが日本に設立したDV7サッカーアカデミーで指導を始めました。

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 僕は小学生の頃、地元のアンティゴーコというクラブでサッカーを始めました。シャビ・アロンソやミケル・アルテタ、ユーリ・ベルチチェといった選手を輩出した地元では名の知れたクラブです。その後、いくつかの街クラブを転々とし、18歳で4部のクラブと契約してセミプロ選手としてのキャリアが始まりました。

 同時に大学で経営学を専攻していたのですが、卒業のタイミングで「スペイン国内で自分は今以上のレベルでプレーできないだろう」と考えるようになり、当時兄のゴルカがプレーしていたMLSのモントリオール・インパクトのセカンドチームに移籍しました。

 半年間カナダでプレーして帰国し、次のクラブでひざの十字じん帯を断裂してしまい、自分の中でサッカー選手は完全に諦めなければならないと踏ん切りがついて、そのまま現役を引退することにしました。それからは一度ピッチを離れてビジネスマンとしてインドに駐在しつつ、並行して指導者になるための勉強を始めたんです。

 子どもの頃からいずれはどんな形であれサッカーに関わる仕事をしたいと思っていましたし、とりわけ毎日ピッチに立つ仕事をしたかった。なので指導者になるという選択は常に自分の頭の中にありました。

 一人前の指導者になるための勉強をするにあたって、大きなインスピレーションを与えてくれた方がいました。それはミケル・アロンソです。シャビ・アロンソの兄としても知られていますね。UEFA PROライセンスを取得するには3度の現場研修が必要で、僕の最後の研修先は古巣でありミケルが指導していたアンティゴーコでした。

 彼が志しているものはすごく勉強になりました。サッカー選手にはチームプレーが必要であり、自らを犠牲にし、いかにチームを優先することができるか、そして、そのためにどんな人間であるかが鍵になってくるんです。

 11人で戦うサッカーにおいて、自己を犠牲にしつつ自分の能力を100%発揮する能力、ピッチ内外問わずそれにふさわしい特性を養えるよう、複合的に選手たち1人ひとりを指導する必要性をミケルから学びました。

日本サッカーに「ポテンシャル」を感じる理由

 全てのチームではありませんが、スペインのクラブでは子どもの頃からトップチームがどのようにプレーするかを定義したゲームモデルをベースにトレーニングします。育成年代を終えた時に、所属しているクラブのトップチームで必要とされるプレーを実行できる選手を育てるための構造が非常に重要とされているんです。

 僕自身、子どもの頃からゲームモデルの中でプレーするための指導を受けていました。一方で現実問題として、自分がプレーしていたカテゴリでは全員がそのような指導を受けてサッカー選手になってきたわけではありませんでした。

 リーグ戦は非常にフィジカルなスポーツになっていて、いわゆる「スペインサッカー」と表される、ボールを保持するサッカーはほとんどできません。ゲームモデルに忠実なサッカーを体現するには、もちろん選手たちの共通理解も必要ですし、1人ひとりの能力が足りていなければ、そして適切な指導を受けていなければ何をすべきかわからないものです。

 僕はセミプロとはいえリーグ戦という内容より結果を優先すべき場所で、理想を追いかけることはできないと理解しながらプレーしていました。だからこそ、自分が指導するにあたっては、組織の中でゲームモデルに基づいたプレーができる選手たちを育てることができたらいいなという思いが根底にあります。

 今は日本に来たばかりなので、子どもたちと接しながら日本のサッカーがどういうものかを深く理解するために学んでいるところです。実際に指導をしてみて、日本の子どもたちのボールを扱う技術は非常に高いレベルにあり、スペインを超えているかもしれないと思っています。それは僕の中で嬉しい驚きでした。

 一方で、ピッチ上で戦術的にどう考えるか、例えば状況に応じた判断などについてはあまり意識されていない印象を持っています。でも、これこそが日本サッカーのポテンシャルが非常に大きいと考える理由なんです。

 当然ながら前提としてボールを扱う技術は何よりも必要です。それに加えてトレーニングを通して、「自分とボール」だけでなく「スペースと相手と味方」という概念を教え、ピッチ上でのプレーの選択肢を増やし、ボールを持っていない状態でのプレー判断の質が上がれば、ものすごいサッカーができる国になっていくんだろうと思っています。

日本のサッカーは『キャプテン翼』が作った!?

豊田スタジアム
【写真:Getty Images】

 ここまで僕が述べた日本サッカーの特徴の形成にあたっては、文化的な何かが影響しているのではないかと考えています。例えば日本で生まれた漫画『キャプテン翼』では、自分を磨くことが非常に大事なものとして個人トレーニングも多く描かれていますよね。

 もちろん僕も『キャプテン翼』は大好きです。スペインでアニメも見ていましたし、漫画も日本代表編やバルセロナ編も含め全て読みました。日本に来て最初に買ったのは『キャプテン翼』のコミックで、今は日本語の勉強に活用しています。DAZNでもアニメを配信しているようなので、チェックしてみようと思っているくらいです。

 スペインにも『キャプテン翼』に影響を受けたと公言する選手は多いですが、あくまでサッカーに最初に触れるツールのうちの1つであって、メッセージの受け取り方が違ったのではないかと思います。スペインには子どもがサッカーに触れられるメディアは他にもたくさんあり、かつ指導者がサッカーというスポーツの概念を体系的に子どもたちに伝えていける素地を長い時間かけて築いてきました。

 僕は日本で指導していて、子どもたちからプレーしている時にボールだけを見る傾向を感じます。顔を上げてどこに誰がいるかを見るよりも、ボールを見て、どういうプレーをするかを重視しているように見えます。一方、スペインの子どもたちはボールを見るよりも周りを見て、より簡単にボールを前に運べる方法を探しながらプレーします。

 まだ『キャプテン翼』が日本サッカー界の文化形成においてどのような立ち位置にあるか正確に把握しているわけではありません。なので直接的な原因かを断じることはできませんが、「ボールを見て、どういうプレーをするか」を重視する日本と「チームメイトと共にゴールへ向かって前進する」という認識のスペインのサッカーにはハッキリとした違いを感じます。

 サッカーというスポーツの文化や概念を形成するにあたって、『キャプテン翼』という作品に対する捉え方の違いは、ここまでに述べてきたようなスペインと日本のサッカーに見られる違いに少なからず影響しているのではないでしょうか。

(文:アレックス・ラレア)

アレックス・ラレア
1991年、スペイン生まれ。地元サン・セバスチャンでサッカーを始め、カナダのモントリオール・インパクトU-23などでもプレーしたのちに現役を引退して指導者の道へ。エキンツァK.E.やアンティゴーコで育成年代を指導し、チーム・個人のパフォーマンス分析の専門家としても活躍している。欧州最高位の指導者資格UEFA PROライセンスを取得し、2020年にダビド・ビジャが日本に設立したDV7サッカーアカデミーのディレクターコーチとして来日。

【了】

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