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バルセロナの新監督、クーマンとは何者か? 成功か失敗か、まさに”劇薬”…大胆な変革はあるか?

バルセロナは現地時間19日、ロナルド・クーマンの監督就任を発表した。PSVやバルセロナ、オランダ代表で活躍してきたクーマンは、岐路に立つバルセロナを率いるに相応しい人物なのかどうか。これまでどのようなキャリアを歩んできたのかを紹介する。(文:加藤健一)

シリーズ:○○とは何者か? text by 加藤健一 photo by Getty Images

攻撃的DFだった現役時代

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【写真:Getty Images】

 2020年1月にバルセロナはエルネスト・バルベルデ監督を解任し、キケ・セティエンを後任に据えた。しかし、ラ・リーガではベティスの指揮を執った17/18シーズンの6位が最高成績で、ビッグクラブでの監督経験のないセティエンは、チームを立て直すことができなかった。

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 リーグ優勝はレアル・マドリードにさらわれた。UEFAチャンピオンズリーグ(CL)ではナポリを下して準々決勝に駒を進めたものの、バイエルン・ミュンヘンに2-8という屈辱的なスコアで敗れている。12シーズンぶりの無冠に終わったバルセロナはセティエンを解任し、オランダ代表監督だったロナルド・クーマンとの契約を結んだ。

 バルセロナとオランダ人の関係性は深い。これまでにリヌス・ミケレス、ヨハン・クライフ、ルイ・ファンハール、フランク・ライカールトがチームを率いており、バルセロナは5人目のオランダ人指揮官を迎えた。

 1963年生まれのクーマンはフローニンゲンのユース出身で、アヤックス、PSVでもプレーした。バルセロナには26歳のときに加入し、6シーズンに渡ってプレー。現役最後の2シーズンをフェイエノールトで過ごし、34歳で現役を退いている。

 長短問わずに繰り出す精度の高いパスとミドルシュートが武器だった。リベロを主戦場にする攻撃的DFで、PKやFKからゴールを量産した。攻守において替えの利かない存在で、戦術的にも精神的にもチームの柱となる選手だった。

 バルセロナ在籍時に指揮官を務めていたのがヨハン・クライフだった。トータル・フットボールを体現するドリームチームの中心選手の1人として、90/91シーズンからリーグ4連覇に貢献。91/92シーズンにはPSV時代以来2度目となる欧州制覇に貢献した。

対照的な国内外での実績

 97年にスパイクを脱いだクーマンは、かつて自身が74試合に出場したオランダ代表のアシスタントコーチに就いた。フース・ヒディング、フランク・ライカールトに仕えたのち、98年からはルイ・ファンハールが指揮を執るバルセロナのアシスタントを務めている。

 99/00シーズンの途中に母国のフィテッセからのオファーを受けて、監督キャリアをスタートさせる。その後はアヤックス、フェイエノールト、PSV、AZと国内のビッグクラブの監督を歴任し、3度のリーグ制覇を成し遂げている。

 母国では一定の実績を残したが、海外ではあまり良い印象がない。アヤックスで2度のリーグ優勝を達成した後にベンフィカの監督に就任したが、1シーズン限りで退任。PSVで優勝した翌シーズン、07年11月にバレンシアに引き抜かれたが、主力を構想外にする大胆な采配が空回りし、23試合でわずか5勝しか挙げることができなかった。獲得したスペイン国王杯のタイトルは奇跡と呼ばれるほどだった。

 14/15シーズンにはサウサンプトンの監督に就任した。1年目は7位、2年目は6位と結果を残し、16/17シーズンに就任したエバートンでもUEFAヨーロッパリーグ出場にチームを導いている。しかし、2年目はウェイン・ルーニーやギルフィ・シグルドソンなどの補強に総額1億4000万ポンド(約187億円)を費やしたが、スタートダッシュに躓き、10月に解任された。

 18年2月にオランダ代表の監督に就任した。EURO2016とロシアワールドカップで予選敗退と低迷したチームに「大きな変化」が必要と話し、世代交代に着手している。フィルジル・ファン・ダイクをキャプテンに据え、若いフレンキー・デヨングやマタイス・デリフトを積極的に起用した。

 UEFAネーションズリーグではイングランド代表を準決勝で制し、準優勝に輝いている。世界的なパンデミックの影響でEURO2020が1年の延期となってしまったが、オランダ代表は優勝候補の一角に数えられるくらい上昇気流を描いていた。

厳格さと大胆さは軋轢を生む

 バルセロナが欧州を制したのはこれまで4度で、ライカールトが1度、ペップ・グアルディオラが2度、そしてルイス・エンリケが1度成し遂げている。3人の共通点を見つけるとすれば選手時代の実績だろうか。ロナウジーニョ、ビクトール・バルデス、リオネル・メッシといった個性の強いスター選手たちを働かせるために、選手としての実績は必要な要素だったのかもしれない。もちろん、クーマンも3人と同じく輝かしい実績を持っている。

 クーマンがこれまで長期間チームを率いたのはアヤックスとフェイエノールトくらいで、その他の多くは2年以内の短期政権に終わっている。バルセロナとの契約は2年間だが、来年3月に行われる会長選次第では、1年限りとなる可能性も高く、後任にはシャビ・エルナンデスが控えているとも言われている。

 チームに規律を植え付けるクーマンは短期的には結果を残すが、トップダウンのやり方は次第に不信感を生む。エバートン時代にクーマンの下でプレーしたジェラール・デウロフェウは「彼は僕に何も与えてくれなかった。ハッピーではなかったから退団を望んだ」と告白。バレンシア時代も選手との関係は悪化していた。

夢のバルセロナ監督就任で待ち構える現実

 一方で、低迷していたフェイエノールトやオランダ代表を短期間で立て直した実績もある。これらは今のバルセロナが抱える課題と合致する。

 オランダ代表では伝統的なウイングを置く4-3-3を好んでいたが、バルセロナではどのような戦術を用いるだろうか。現時点では発表されていないが、アルフレッド・スロイデルがバルセロナのアシスタントコーチに就任することが濃厚となっている。

 アヤックスではエリック・デン・ハーグ、ホッフェンハイムではユリアン・ナーゲルスマンといった戦術家の下で仕事をしたスロイデルは、今季指揮を執ったホッフェンハイムで4-1-4-1や4-2-3-1、3-4-3や3-5-2など、複数の布陣を使い分けている。クーマン政権ではスロイデルが戦術的な役割を担うことになるだろう。

 財政状況が芳しくない状況で、バルトメウ会長はメッシを柱に据えると明言したが、今夏に移籍することのない選手の中に、ルイス・スアレスやセルヒオ・ブスケッツ、ジョルディ・アルバといった30代の高年俸の選手を含めなかった。パンデミック下で移籍市場の動きは停滞していると言われているが、選手獲得のために実績のある彼らを放出するドラスティックな決断をクラブが下す可能性はある。

 クーマンはオランダ代表の監督を辞任するに際し、「バルセロナは私の夢のクラブ」と表現した。夢のクラブであっても、待ち構えているのは現実だ。難しいミッションを与えられたクーマンは、どのようなチームを作るだろうか。

(文:加藤健一)

【了】

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