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転落の“消えた逸材”ワーストイレブン。一瞬の輝きは今や昔。将来嘱望も…ブレイク逃した男たち

シリーズ:編集部フォーカス text by 編集部 photo by Getty Images

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(左から)ムニエサ、ブレーノ、フラナガン【写真:Getty Images】



ジョン・フラナガン(元イングランド代表)
生年月日:1993年1月1日
現所属クラブ:HBキューゲ(デンマーク2部)

リバプールの下部組織で育ち、2011年4月に18歳でトップチームの公式戦デビューを果たした。その後はなかなか出番が増えなかったものの、2013/14シーズンは主力としてリーグ戦23試合に出場し、2014年6月にイングランド代表デビューを飾る。

しかし、2014/15シーズン開幕前にひざを負傷してからキャリアは暗転してしまった。度重なる負傷に悩まされるようになったフラナガンは2016/17シーズンのバーンリーへの期限付き移籍でも往時のパフォーマンスを取り戻せず、2018年夏にリバプールを退団することになる。その後、リバプール時代の偉大な先輩スティーブン・ジェラード監督率いるレンジャーズに拾われたが、スコットランドでも才能は開花しきらず、現在はデンマーク2部へ。下り坂を転げ落ちるようなキャリアを送っている。

ブレーノ(ブラジル)
生年月日:1989年10月13日
現所属クラブ:無所属

2007年末にブラジルの名門サンパウロからバイエルン・ミュンヘンに引き抜かれ、2008年の北京五輪では母国の銅メダル獲得に貢献するなど、当時はブラジル代表を背負って立つセンターバックとして将来を嘱望されていた。しかし、精神面の未熟さや大怪我もあってドイツで殻を突き破れないまま年数だけが経過していく。

すると2011年9月に事件は起きた。ブレーノは自宅への放火の疑いで逮捕され、実刑判決を受けて刑務所で3年9ヶ月もの長期間にわたって服役することとなった。怪我の後遺症に苦しみ、アルコール依存症という問題も抱えていた。だが、模範囚として仮釈放された後、古巣バイエルンで短期間ユースチームのコーチを務めたのちにブラジルへ帰国。

2015年に古巣サンパウロで現役復帰を決断する。同年8月には約4年ぶりの公式戦出場も果たすが、再び右ひざに問題が起きて2度の手術を受けることになった。再起をかけて2017年5月にヴァスコ・ダ・ガマへ移籍するも、2021年1月に退団。現在まで無所属が続いている。

マルク・ムニエサ(スペイン)
生年月日:1992年3月27日
現所属クラブ:アル・アラビ・ドーハ(カタール1部)

ペップ・グアルディオラ監督が就任1年目の2008/09シーズン最終盤、当時Bチームよりも1つ下のフベニールA所属にもかかわらず、ムニエサは途中出場でトップチームのリーグ戦デビューを果たす。しかし、その試合で痛恨の一発退場処分を受けてしまった。このシーズンはチャンピオンズリーグ(CL)決勝でもベンチ入りしてバルセロナ優勝の瞬間を味わうことができた。

その後はBチームが主戦場となり、2011/12シーズンにCL2試合とリーグ戦1試合に出場したのち、2012/13シーズンからトップチームに正式昇格した。しかし、バルセロナでのキャリアはこの年まで。2013/14シーズンからはイングランドに新天地を求めたがストークでは定位置を確保しきれず、2017年夏にスペインへ戻ってジローナの一員になっても伸び悩み続けた。

現在は欧州を出て、カタール・スターズリーグのアル・アラビ・ドーハに所属している。センターバックとしては小柄かつ細身で、左サイドバックとしては機動力に欠ける中途半端な特徴がステップアップを阻んだとも言えるかもしれない。

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