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Jリーグ 1年前

工藤壮人を支えた両親の想い。「壮絶な苦労」と信念で掴んだプロ入りまでの足跡【追悼コラム】

シリーズ:コラム text by 元川悦子 photo by Getty Images

「壮人」という名前の由来



 90年5月に生まれた工藤は男ばかりの3兄弟の次男。「壮絶な苦労もあるだろうけど、戦いに負けない人になってほしい」という意味を込めて、両親の聡・恵子さんは命名したという。

 父・聡さんがサッカー経験者だったこともあり、息子たちは物心ついた時からボールを蹴っていた。工藤も足立区の保木間主学校入学と同時になかよしFCに加入。2年の後半には地元の強豪・東伊興SSSへ移る。その後、兄が柏レイソルU-12のセレクションを受けることになり、工藤も同行。結局、兄は入れなかったが、「自分は絶対に合格したい」と本人は強い思いを抱いたという。

 そこで工藤と父は3年冬のセレクションに向けて、家の前の公園で猛特訓を開始。特に本番2~3カ月前は熱の入りようが凄まじかった。父・聡さんもこう述懐していた。

「仕事から帰ると、寝ようとしている壮人に『今から着替えろ』と言って、公園に引っ張って行って練習しましたね。木を人に見立ててジグザグドリブルさせながら、『そこでアウトも使うんだ』と厳しく言うと、壮人が泣いたりしてね…。息子を合格させることが私の生きがいだったんでしょうね」

 母・恵子さんも心配はしていたが、「壮人はサッカーが好きでたまらなかったんです。お父さんに言われたからやるのではなくて、自分から『やりたい』と言ったり、プレーの相談もしていました。本気でプロになりたいと思っているんだなと感じて、見守っていたんです」と言う。

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