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高校サッカー 3か月前

近江高校の躍進を支えた「7つの班」。高校サッカー選手権準優勝「こんなに細かく仕事があるのか…」部員も驚くその内容とは

シリーズ:コラム text by 藤江直人 photo by Getty Images

異色の部活動のルーツは前田高孝監督の波乱万丈の半生に…

近江高校DF西村想大
【写真:藤江直人】

「入学する前から一応は知っていましたけど、こんなに細かく仕事があるのか、といった点にはびっくりした部分もあります。分析だけでなく、他にもいろいろな班がある点も含めてですね」

 他校と一線を画すサッカー部の活動形態は、波瀾万丈に富んだ前田監督の半生とリンクしている。

 滋賀県出身の前田監督は草津東高でFWとして活躍し、卒業後の2004年に清水エスパルスに加入した。しかし、左膝に大怪我を負った影響もあり、出場機会を得られないまま2年間で退団した。

 2006年にはアルビレックス新潟シンガポールでプレーしたが、Jリーグでプレーしたい思いが高じて帰国。合同トライアウトを受けるもJクラブからのオファーは届かず、2007年には関西サッカーリーグ2部(当時)のMIOびわこ滋賀(現JFLレイラック滋賀)でプレーした。

 しかし、コンディションも万全だったなかで、勝負をかけたいという思いが頭をもたげてくる。一念発起して渡った場所はドイツ。知人の知人にドイツ語訳してもらった履歴書だけを手に、プロテストを受けさせてほしいとアポイントなしで訪問し続け、5部クラブとの契約を勝ち取った。

 2007/08シーズンのウインターブレイク中に、さらなる高みを目指してルーマニア2部クラブのプロテストを受けた。しかし、清水時代の古傷を再発させたのを契機に、プロ選手だけでなくサッカーそのものを断念。2008年3月に帰国を選んだ当時の心境を、前田監督はこう振り返る。

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