「もう後がないっていう思いでピッチに立った」
「名古屋に来て、3日くらい前の京都サンガ戦で20分くらい出ましたけど、スタメンで出る一発目の試合というところで、ここで爪痕を残さないと、次のチャンスがいつ回ってくるか分からない。もう後がないっていう思いでピッチに立ちました。
ヴェルディでは最後の方、試合に出られなくて、久しぶりの90分だったんで、すごいキツかったけど、ピッチに立ったら『このくらいはやれるんだよ』っていうのを絶対に見せようと思っていた。ヴェルディで求められた走力を自分なりに出せたと思うし、それを進化させて、新しい色を出していけるようにしたいです」と背番号22をつける男は目を輝かせた。
そうやって幸先のいい一歩を踏み出した木村。ただ、ヴェルディで味わった挫折や悔しさは決して忘れることはないはずだ。
彼は関西学院大学から2023年に京都入り。そこで最初の壁にぶつかり、同年夏には当時J2のツエーゲン金沢へ赴いたが、またしてもコンスタントな活躍が叶わず、選手キャリアの大きな岐路に立たされた。
そんな彼を獲得し、大きく伸ばしてくれたのがヴェルディだった。城福浩監督の厳しいアプローチには何度も心が折れそうになったようだが、そのたびに森下仁志コーチが寄り添ってくれて、奮い立たせてくれた。その成果もあって、2024年はJ1で10ゴールをマーク。チームの大躍進の原動力となったのだ。
そして今季はエースナンバー10を与えられ、さらなる飛躍が期待されたが、またしても試合に出られなくなってしまう。本人ももがき苦しんだが、そのタイミングで名古屋から色よいオファーが届き、熟考の末に移籍を決断。森下コーチからは引き留められたというが、異なる環境で勝負することを選んだという。