サッカー番記者はなぜ監督を強く批判できないのか?

なぜサッカーの現場において番記者による厳しい監督批判は少ないのか。番記者でもあるライター海江田氏が自らの葛藤を明らかにした。(サッカー批評63初出)

2013年12月05日(Thu)10時49分配信

text by 海江田哲朗 photo Asuka Kudo / Football Channel
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【サッカー批評issue63】掲載

ライターが意見を述べる資格

サッカー番記者はなぜ監督を強く批判できないのか?
東京ヴェルディ【写真:工藤明日香 / フットボールチャンネル】

 私はサッカー監督がチームをマネジメントし、ひとつに束ねることのむつかしさを実感として知らない。その能力がないと自覚しているから、フリーランスのライターをやっているとも言える。

 競技経験もお話にならない。指導理論、戦術理論についても同様だ。サッカーの現場において、私が世の監督たちを上回ることは何ひとつない。

 だから、選手起用や戦術面に関しては口にチャックだ。結果、試合にどのような影響を与えたか論評を加えることはあっても、意見を述べる資格はないと考えている。その方面に造詣の深い書き手は、自信を持って切り込んでいけばいい。サッカー選手と同じように、ライターも個性の仕事である。

 実際に高いレベルでプレーした実績がなければ本質に到達できないとの指摘は、圧倒的な正しさを持つ。しかし、経験主義一辺倒では、批評はごく限られた人々の間でしか存在できなくなる。

 もしサッカーがそのような懐の浅いスポーツであれば、現在の世界的な流行はなかったはずだ。ピッチの現象を通じ、社会学や経済学、哲学、文学など要するに何でもできるからサッカーは面白い。

 私は東京ヴェルディを活動の足場とするライターだ。01年の東京移転を機に取材を始めたから、今年で13年目を数える。そこでの体験をベースに、本稿のテーマである「番記者が監督を強く叩けない理由」を書き進めていきたい。編集部もまた、厄介な題材を振ってくれたものである。開き直ってパンツを脱がなきゃどうにもならない。

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