タイでプレーする下地奨インタビュー。Jリーグ、南米、そしてバイト生活を経て辿り着いた境地

2014年08月18日(Mon)14時00分配信

text by ASEAN FOOTBALL Link photo ASEAN FOOTBALL Link
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シジクレイと共にプレー。途中からは出場機会も増加

「元々はブラジルでプロになる事が夢で南米に来たので、その誘いを受けてサンパウロ州リーグ1部に所属するCAリネンセに移籍することにしました。しかし、ブラジルでも就労ビザや登録などの手続きに時間が掛かり、試合には出られず練習だけの日々が続きました。しかも無給。

当時は家族(奥さんと子供)も一緒にブラジルに来ていたので、貯金を切り崩しながらの苦しい生活が約1年続きましたね。プレーの面では全然やれるレベルでしたが、ブラジルのトップクラスの選手はレベルが違う印象を持ちましたね。

自分も技術的には十分通用するレベルだったけど、いざゲームとなるとメンタル的に弱気な部分が出てしまい中々自分のプレーが出せずにいました。そんな弱い自分と向き合いながら迎えた2年目はとにかく試合がしたい。このままでは終れないという思いでした。ここでも登録手続きに時間が掛かりましたが、開幕2戦目から試合に出ることが出来ました」

――ブラジルでの2チーム目はどうでしたか?

「このチームでは先発だったり、途中から出たりと結構コンスタントに出場することができました。またチームメイトにかつてJリーグでプレーしていたシジクレイが在籍していて、彼は日本語が喋れるのでなにかと自分達家族を気にかけて生活面でも支えてくれましたね。

 当時の収入は月給約10万円。それでもチームが家や食事を提供してくれるので、生活に困ることはありませんでした。田舎街のチームだったので、家族とスーパーに買物行ったり公園を散歩するのが唯一の娯楽でした(笑)。結局そのチームでは州リーグが終了する2012 年6月までプレーしました。チームからも13年シーズンの契約の意向を伝えられていたので、来シーズンに向けて一旦日本へ帰国。

 帰国後日本のチームでの半年契約を結ぶためにいくつかのJリーグのチームへ練習参加しましたが、結局契約は結べませんでした。そして来年のチーム始動に向けて、東京にある奥さんの実家に居候させてもらい、一人でトレーニングを続けました」
 

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