本山雅志、プロ19年目で初体験の“プレッシャー”。故郷・北九州で挑むJ2残留争い

2016年10月28日(Fri)10時39分配信

text by 藤江直人 photo Kaz Photography, Getty Images
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「1試合、1試合がめちゃくちゃ疲れます」

 アントラーズ時代で唯一、「降格」の二文字がちらついたのは本山が加入して2年目の1999シーズンくらいだろうか。この年は開幕から低空飛行が続いた末に、セカンドステージ途中でゼ・マリオ監督を解任。ジーコが総監督として急きょ指揮を執り、最終的には年間総合順位を9位で終えた。

 当時の本山はまだ途中出場が多く、リーグ戦におけるゴールも記録していなかった。それだけに、37歳にして初めて経験する残留争いは、逆の意味で新鮮に感じられるのだろう。1試合を終えたときに覚える感覚が「まったく違いますね」と、再び苦笑いしながらこう続ける。

「1試合、1試合がめちゃくちゃ疲れます。勝った試合ももちろんですけど、負けたらどこが悪かったのかをすぐに考えるので。何よりも『勝たなきゃいけない』という状況が、やっぱり疲れますよね」

 昨シーズンはわずか6試合、合計139分間のプレーに終わった。先発出場はセカンドステージ第5節のサガン鳥栖戦だけ。リーグ戦終了後にフロントと話し合いの場をもち、退団が決まった。当時のアントラーズのオフィシャルサイトには、本山のこんなコメントが綴られている。

「今後を考えるうえで自分のキャリアを振り返ったとき、いろいろな情景や感情が沸いてきました。しかし、最後には『まだピッチに立ち続けたい』という気持ちが残りました。試合に出場して、チームに貢献したい。プロ選手としてあるべき姿を追い求めたいという願いから、退団を決意しました」

 いくつかのオファーを受けたなかで真っ先に声をかけてくれて、柱谷幸一監督が茨城県鹿嶋市へ足を運んで熱意も伝えてくれたギラヴァンツを選んだ。カテゴリーがJ2となることに、何も不安もなかった。むしろ北九州市で生まれ育ち、サッカーを始めた本山は原点に戻る思いを胸中に募らせていた。

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